世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2340
世界経済評論IMPACT No.2340

「成長」戦略と「分配」政策を巡って

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2021.11.15

 2021年秋の衆議員選挙を挟んだ現下の日本では,経済(政策・戦略)の方向性を論ずる「キーワード」として,「成長」と「分配」とが大きくクローズアップされてきている。

 夏場の第5次感染拡大では,大都市圏を中心に自宅待機者が10万人単位に急増し,医療崩壊も囁かれたコロナ禍であるが,現在は小康状態にあるため,「日本の危機管理体制強化」に向けた戦略再構築の議論は,もちろん十分ではない。しかしコロナ禍で受けた「経済のダメージ」も深刻である。日本が様々な構造的課題(低成長の長期化,少子・高齢社会化の亢進,DX時代における競争優位喪失等)を抱える一方,(平均的な)国民所得は一向に伸びず,格差が拡大しつつある。日本経済を舵取りする政策として,「成長」「分配」は,共に重要であるには違いない。

1.「成長」VS.「分配」

 この2つのBig Wordをめぐる論議では,①「成長か(or)分配か」に始まって,②「成長(戦略)が優先か,分配(政策)をより重視するか」,③「成長➡分配の好循環は果たして可能なのか」,等があり,さらに④「成長政策(戦略)と分配政策(戦略)との適正な政策ミックスとは何か?」といった,アプローチが提起されてきてはいる。

 ともあれ「成長」VS.「分配」をゼロ・サム的に議論することは,かつて深刻な「公害」や「自然破壊」に際して,「経済(開発)or環境(自然保護)」といった(二者択一的)対立が続いた記憶が蘇る。しかしながら時代が進むにつれて,省エネ技術の普及や,環境を保全するテクノロジーの開発,自然への負荷が少ない産業の飛躍的発展,企業経営におけるCSR(Corporate Social Responsibility)重視の浸透等を背景として,現在はSDGs=持続可能な経済発展(開発)目標=が,政府は勿論,企業から投資家サイドに至るまで,「グローバル・スタンダード」化するに至った。そこで日本のように「分配」が現時点で大きく依存せざるを得ない財源(国家財政)に黄信号が点滅している場合には,あらためて「成長と分配」についても「持続可能(sustainable)な成長と分配」が,本格的に議論されてもおかしくはない。

 「成長」と「分配」とが敵対する訳ではなく,「成長」戦略と,「分配」戦略が必ずしもトレードオフ,になるということでもない。そして「戦略」が,未来の不確実性に対して,政府・企業といった組織や個人が,様々な分析を実施した上で策定する,基本的行動指針に他ならない,とすれば,「成長無くしては分配無し」を認めるにしても,政策/戦略次第で「賢い成長と公正な分配」が達成されず,「歪んだ成長と,悪平等な分配」に陥る場合もあろう。巷間「Winner Takes All的成長」と「ばらまき型分配」双方が非難される所以である。

2.アベノミクスでの「成長」と「分配」

 現在に至る「アベノミクス」の描いた日本経済再生の「グランドデザイン」は,基本的に「日本再興戦略」「日本再興戦略(改訂2014)」にあるように,a日本の稼ぐ力を取り戻し,b(経済の新たな)担い手を生み出し,c新たな成長エンジンと地域の支え手となる産業の育成に挑戦し成長の成果を全国に波及させる姿であった。これは「三本の矢」戦略における強力な「第一の矢(異次元的金融緩和)」に支えられつつ,企業部門を強化し経済の好循環(デフレ脱却・円安による輸出環境改善➡企業業績の向上➡雇用環境改善➡賃金の増加➡所得増大➡消費の増加➡税収増➡政府債務減少)を定着させていく,シナリオでもあった。

 「成長戦略」としては,①イノベーション/民間活力を高める「投資の促進」(供給側),②日本へ「おもてなし」を高める「グローバル経済との更なる統合」(需要面),③女性や外国人の労働市場参入を加速する「人材の活躍強化」(供給面),④人生100年時代を展望する「新たな市場の創出」(需要面)が展望・提起された。当初は,政権自らが(政労使会議などを通じて)積極的に賃上げ(分配強化)等を要請していたが,徐々に労働市場自体の構造改革(時短や「働き方改革」)にシフトしていった。そしてオリンピック等「イベント」による経済効果,地方再生に向けては,円安効果が誘因したインバウンド・外国人顧客急増が生む,「観光大国化」による,雇用創出と投資増加が図られた。

 もっとも2020年以降,パンデミック・ショックに直面して,様々な分野(行政・医療・教育他)におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)対応不全と危機管理の不備,先端分野(生命科学やバイオ)でのイノベーションの遅れ,「おもてなし」に過度に依存した成長・雇用促進の頓挫,などが露呈した。そしてコロナ禍によるダメージが,(医療福祉当事者・関係者は勿論のこと),飲食・対人サービスの中小零細業者や,シングルマザーや非正規・派遣雇用者層といった経済弱者に深刻に顕れており,現在は「アフターコロナ」も展望しながら,新たな「成長と分配」戦略の再構築を余儀なくされている,といえよう。

3.必要な「戦略」の検証

 成長戦略にしても分配政策にしても,その財源の太宗は,財政資金=つまり直接/間接的な国民負担に依存する(グローバル経済の厳しい競争環境下,日本が古典的な規制緩和策や市場・民間主導のみによりイノベーションを喚起し,成長を達成できると考えるシナリオは楽観的に過ぎるといえよう)。

 そしてすでに膨大な国債発行・残高累積により,財政に重圧がかかっている日本においては,いくらコロナ禍に伴う緊急時が続く,とはいえ慎重な支出と効用の検証が不可欠である。成長・分配の各戦略実施後,当該の戦略が果たして的確で実効性があったか,或いは,戦略に欠陥があったり目標自体に誤りが存在しなかったか,当然問われてしかるべきであろう。

 今回の議論の前提として(少なくとも新しい戦略を立てるのと並行的に),まずこれまでに実施された各種「成長」・「分配」政策について,しっかりと「検証」を行う必要があろう。

 先見性に欠ける総花式な成長戦略と,手間ばかりがかかって実効性が薄い・或いは乏しい分配政策の組み合わせ(その繰り返し)は,なんとしても避けて欲しいものである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2340.html)

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