世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2337
世界経済評論IMPACT No.2337

「世界の工場」は中国からインド・ベトナムへ?:鴻海のケース・コロナ禍,そして鄭州の水害

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.11.15

 WSTS(世界半導体市場統計)のデータによると,2016年から2020年における世界の半導体生産高,中国の半導体輸入額およびその輸入比率の推移は次のようである。2016年はそれぞれ3524億ドル,2669憶ドル,75.7%。2017年は4291億ドル,2604億ドル,60.7%。2018年は4858億ドル,3121億ドル,64.2%。2019年は4251億ドル,3056億ドル,71.9%。2020年は4442億ドル,3500億ドル,78.8%である。

 2020年の世界の半導体生産高に占める中国の半導体輸入額は78.8%と大変大きい。中国による半導体の大量輸入の真相は,外資系企業の製品に搭載するためのものである。最も典型的な例は,アップルのスマートフォンには台湾のTSMC(台湾積体電路製造)製の最先端HPC(高性能計算)半導体チップが,年間1億個以上が使用されることである。一方,中国の半導体の国内生産は需要に対して僅か15%である。そのため,中国は半導体の自給自足を急ぎ,「中国製造2025」では半導体自給率の向上のために,1000億ドル規模の投資を計画している。

 2019年から2021年の第1四半期における中国の半導体輸入額と輸入数量の推移を見ると次のことがわかる。2019年第1四半期の輸入額は652億ドルで,輸入量は876億個,2020年第1四半期はそれぞれ721億ドル,1161億個。2021年第1四半期は936億ドル,1552億個で,対前年同期比では輸入額が22.9%増,輸入量が25.2%増であった。米中貿易戦争の制裁範囲の拡大に備え,中国政府は国有企業に対し,半導体の2年分の在庫を要求している。これも世界の半導体不足を深刻にした理由の1つであろう。

 中国の半導体輸入が多いのは,ひとえに中国が「世界の工場」だからである。中国が輸入した世界の半導体生産高の78.8%に及ぶ半導体は,中国で全てが消費される。「世界の工場」として半導体を製品(パソコンやスマートフォンなど)に組立て,世界に輸出することを意味している。

 近年,米中貿易戦争による高関税や中国の人件費などの諸費用の高騰で,鴻海(ホンハイ),緯創資通(ウィストロン),和碩聯合科技(ペガトロン)などの台湾系組立企業およびサムスンのスマートフォンは,組立基地の一部や全部を東南アジア(ベトナム)や南アジア(インド)に移転するようになった。そのために,今後,中国の半導体輸入は減少すると予測されていた。

 ところが今年に入り,インドとベトナムでコロナ禍が拡大し,組立工場内でも現地作業員の感染者が続出し,工場の一時閉鎖や現地駐在員の帰国が余儀なくされた。現地駐在員がインド変異株(デルタ株)に感染したとの新聞の報道も見受けられた。逆に,中国の感染症はコントロールされたようで,脱中国の生産から逆に中国戻りの動きが一時的に観察されるようになった(しかし,7月下旬に広州,南京などでデルタ株の蔓延があり,今後どのように展開するか観察する必要がある)。

 その典型は世界最大のESM(電子サービス製造)の台湾系企業の鴻海である。鴻海のアップルのiPhoneの中国の組立基地は鄭州である。毎年9~10月には新型iPhoneが発売され,今年の秋も新型iPhone13が発売された。鴻海はアップルの要請を受け,アメリカ向けのiPhoneの組立をインド工場で行っている。その理由はアメリカによる高関税の回避である。アメリカ向け以外(日本,ヨーロッパなど)は中国の鄭州工場で組立を行っている。鄭州工場のiPhoneの生産能力の約半分をインド工場にシフトしたことにより,従業員のリストラや中国での製造減少に向けて対応をしていが,今年に入り,インドとベトナムでコロナ禍が蔓延したため,脱中国から一転,中国戻りとなった。鴻海はこれに対処するため,リストラした鄭州工場の現場労働者を緊急募集することとなった。

 ところが7月20日~22日にかけ,河南鄭州などに3日間で600mm以上の1000年に1回と言われた集中豪雨が発生,27区郭家嘴ダムの放流,河川の氾濫などにより,水流は2000mmに達した。その結果,京広北路トンネル(京沙隴海トンネル)の北出口と中原路地下道や中段トンネル(淮河路トンネル)と南段トンネル(南三環京沙トンネル)に大量な洪水が起き,多くの自動車が水没し,多くの人が犠牲になった。また,地下鉄5号線「沙口路駅」付近に大量な雨水が流れ,地下鉄車両内の乗客の胸まで浸水する動画がSNSにアップされ,この近くでも多くの犠牲者がでた。計300人以上の犠牲者,50人の行方不明者の大惨事になった。鴻海傘下の工業富聯は1億人民元(約16億円)を鄭州水害の救援・再建に寄付した。

 鴻海(中国法人の名称は富士康)の鄭州工場は鄭州航空港工場区,経開区工場区,中牟県工場区の3つの工場区がある。この鄭州工場区は主なiPhoneの製造基地であり,90本以上の生産ラインと約35万名の従業員を雇用し,鴻海はここで世界の半分のiPhoneを製造している(残りは和碩聯合科技と緯創資通が受託生産)。

 現在,iPhone13の6.7インチと6.1インチの機種は主に鄭州工場区で製造されている。鴻海の鄭州工場は氾濫した河川とは距離があり,水没したのはコネクターの工場で,富士康の公式発表ではスマートフォン組立の工場の機器,部品,材料には直接的な影響はないという。

 しかし,鄭州周辺は河川の氾濫による洪水が道路に溢れ,河南省の多くの航空便と貨物便が停止され,7月末に正常に回復されない場合,iPhoneの生産に遅れが生じるといわれていた。9月から10月になると,中国の電力不足,多くの企業は自社発電設備を投入し,停電時でも対応できるようにしているが,中小企業の場合,対応することができない。

 コロナ禍や洪水禍それに電力不足禍に,鴻海は翻弄されることを余儀なくされるようになった。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2337.html)

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