世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
異分野間連携の促進による産業クラスター振興の取組み:ドイツの3州における調査より
(中京大学経営学部 教授)
2021.11.08
1.ドイツの産業クラスター政策と異分野間連携の促進
近年インダストリー4.0やIoTで注目されたドイツでは,日本と同様に高齢化や新興国の追い上げに直面しながらも確実に経済成長を続けている。1990年代の停滞期には欧州の病人とまでいわれたが,同時期からコストの高いドイツ国内における企業活動で収益をあげる環境の創出に取組んできた。イノベーション能力の強化と競争力の向上に向け,地域の中小企業をはじめとする異分野間連携を促進させ地域新産業の振興を目指す産業クラスター政策は代表的な施策である。本稿では異分野間連携を促進させるための支援を提供する「クラスター組織」の活動について,現地調査から得られた発見を述べることとする。
2.クラスター組織による異分野間連携の促進への取組み
クラスター組織は,州政府等の公共セクターあるいは地域の産学官により設立された事業体で日本の社団法人に相当するものが多く,主に組織間ネットワークの構築・強化を通して異分野間連携を促進し地域産業の振興につなげるための支援を提供している。筆者が調査の対象としたノルトライン=ヴェストファーレン州,バイエルン州,バーデン=ヴュルテンベルク州ではいずれも,成長潜在性が高い医療機器分野の振興に向け,州政府の支援を受けたクラスター組織が中小をはじめとする企業・研究機関・医療機関等が参画する異分野間連携の促進に取組んでいる。調査の結果,それぞれの取組みにはバリエーションがあるが,共通する取組みについても確認された。
まず,クラスター組織を立ち上げて活動を開始する際には,産学官の関係者を招集して初期条件を把握・共有し,医療機器分野の振興に向けて異分野間連携の促進が必要であるという認識を共有したことである。この初期条件の把握はその後の異分野間連携促進のための施策にも反映されるものであるが,州によっては施策を推進する中心メンバーとの間で相当な期間(数年)をかけて初期条件の調査と学習,連携へのニーズ,取組みの方針を共有し結束を高めていった。
次に,多様なアクターが参集して異分野間連携の成立に向けた相互作用を展開しネットワークを構築・強化するための場を設立し必要に応じて改良していった点である。場は,招集されたメンバーが全体的な活動の方向性をシェアする総会,各種ワークショップやセミナー,特定の事業案を検討する部会など,相互作用を展開するための様々な環境を提供し,クラスター組織は場の設立や必要な情報提供に重要な役割を果たしている。また,事業環境の変化,メンバーや有力なステークホルダーからのフィードバック,および活動結果を踏まえて新たな方針を提示し求められる新たな場を設立することを通して場を改良していくことについてもクラスター組織が主導している。
さらに,クラスター組織は設立および改良された場の方針のもとで関係者間の相互作用を促し新規事業を推進するための異分野間連携の成立を促進させるためのマッチングを支援するために,潜在的なパートナーへのアプローチやメンバーへの紹介も行っている。
以上の取組みは,多様なアクターの自主的・自発的な異分野間連携に向けた活動,いわゆる自己組織的な動きを促進するための,ヒエラルキー組織とは異なる新たな形のマネジメントともとらえることができる。
3.ドイツの経験からのレッスン
本稿で述べたようなドイツの事例をはじめ,欧州では産学官が協力して異分野間連携によるイノベーションを通した地域産業の振興に向け,継続的に活動する事業体としてのクラスター組織を設立し支援を提供している。多種多様なアクターが,異分野間連携の潜在的な参画者として一定の方向性に向けた相互作用を展開し自己組織化していくプロセスを促進するためのマネジメントに取組むクラスター組織の活動は,その仕組みおよび手法ともに我が国にも大いに参考になる事例である。
本稿の内容についての詳細は,以下の論文を参照していただきたい。
Yuki Kawabata(2020)“Managing to Facilitate Cross-Sectoral Inter-Organizational Collaborations: Findings From the Experience in Germany”, International Journal of Systems and Service-Oriented Engineering(Vol.10・Issue2),pp.13-41.
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