世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2324
世界経済評論IMPACT No.2324

中国の電力不足は「灰色のサイ」になるのか?

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.11.01

1.中国の「灰色のサイ」とは何か

 「灰色のサイ(Gray Rhino)」とは,マーケットにおいて高い確率で大きな問題を引き起こすと考えられるにも関わらず,軽視されてしまいがちな出来事を指す。中国の電力不足,燃料(石炭,天然ガス)など原材料の供給不足と高騰によって,多くの工場が操業を停止した。それによって,中国製造業のPMI指数(Purchasing Manager’s Index)は2020年10月の51.4%,11月の52.1%から,2021年9月には50%以下の49.6%に低下した。PMI指数とは,購買担当者を調査対象にした景況感調査で,景気指標の一つ。50%以上は「改善」,50%以下は「悪化」を意味する。

 コロナ禍により,生産停滞が起きる一方で,コロナの陽性者数がいったん減少すると,その反動によって需要は高まり,インフレの趨勢を引き起こす。しかし,需要が高まったもののコロナ禍による所得減から個人消費は弱含み傾向が持続する。相反する趨勢によりスタグフレーション(不況下のインフレ)の圧力が高まっている。ここで言う需要増は生活必需品である小麦粉,乳製品,石油などであり,民生に影響を及ぼしている。

2.「能耗双控」とは何か

 「能耗双控」という新しい言葉が中国メディアで流れている。「能耗」はエネルギー消費という意味で,「双控」は二つの面で何かを制御できるということである。中国政府は工業用と民生用の電力を「能耗双控」するという。ところが,中国は「制御不能」の“灰色のサイ”に直面するようになった。

 陝西省の電力制限は今年の12月31日まで電力を規制する。四川省は非必須物資の生産を一時停止。山東省は毎日9時間の停電を実施。江蘇省は12月までに平均10日間の作業日に5日間の停電を実施。浙江省は3カ月のうち20~30日間の停電を実施する。こうした実例から中国の電力不足は相当に深刻化していることがわかる。

 広東省発展改革委員会の公表(8月31日付)によると,電力のピーク時,通常時とオフピーク時の電力価格比率は1.65:1:0.5であったが,10月1日からは価格を1.7:1:0.38に調整する。これによって,オフピーク時を25%に減少させ,ピーク時とオフピーク時の電力価格差を4.5:1に拡大する。

 中国の電力危機は,短期と中長期の要因がある。先ず短期のスパンで見ると,大気汚染抑制のための「脱石炭」の動きが,発電供給の足枷になったが,「能耗双控」を達成するため,電力供給に規制をかけたことで,9月頃からより深刻な電力不足が表面化するようになった。さらに,オーストラリアの首相が,コロナの発生に関する中国での調査実施を要求したことに激怒した中国は,報復措置としてオーストラリア産の石炭などの禁輸措置をとった。このため,中国の石炭火力発電は原料不足に陥るようになった。その後,新型コロナの感染者数減少と景気回復によって,原材料の需要は大幅に増え,石炭の価格は持続的に上昇するようになった。石炭価格の高騰により,中国の発電部署と石炭発掘企業との間の長期の石炭電力協定は契約違反となる事態にも陥っている。

 中長期的には,中国は2030年に炭素(CO2)排出のピークアウト(中国語は「碳達峰」),2060年にカーボンニュートラル(中国語は「碳中和」)の「2つのカーボン(中国語は「双碳」)の削減目標を掲げ,化石発電からグリーン発電(風力や太陽光発電)へ中国の発電方式の転換と企業の「能耗双控」への圧力が強めている。

 近年,広範囲の電力規制により,中国のエネルギー不足は顕著になり,連鎖的な不具合が次々と現れるようになった。中国国内の原料価格は大幅に高騰し,同時に,国際食糧価格も大幅な上昇周期に入った。これらの現象は中国の多くの省市での停電や電力規制に起因することである。

 中国の糧油信息網(9月28日付)は,「全国的な石炭不足と石炭価格の高騰によって,いくつかの省市で電力供給の不足が生じている」と窮状を報じた。

 広東省では電力供給不足についてエネルギー局の担当者が「経済回復のスピードに電力供給が追い付かない実態と,連日の猛暑(34~38℃)による需要増が背景にある」ことを説明した。広東省では発電機の能力の限界に加え,天然ガス,石炭の供給不足,低い電力価格政策により火力発電業者の設備投資が進まず,長期にわたって,電力供給が大きな問題として存在していた。

3.「有序用電」から石炭・天然ガスの争奪戦

 電力不足の課題を解決するため,広東省は「有序用電」(秩序ある電気の使用と管理)規則を実施するようになった。多くの工業団地で「開三停四」(一週間に3日間の操業と4日間の操業停止),甚だしい場合,「開二停五」(一週間に2日間の操業と5日間の操業停止)となっている。広東省では電力消費を抑制,電力供給を交錯的に実施し,その間,発電力の強化に全力で取り組むと主張している。

 広東省エネルギー局の担当者によると,新しい措置は,石炭発電のピーク時の発電量を調整するとともに,他の主要な発電事業者に対し早期に正常な発電水準に回復させるよう促すとしている。また関係部署と石炭の貯蓄量を検査・監督し,修繕・保守が必要な発電設備を除いて,他の発電機を稼働させ,正常な電力供給ができるように促すとしている。

 広東省など中国南部では連日の猛暑で旱魃が発生し,さらに台風による水害も発生した。他方,電力不足は東北地域でも生じており,同地域はロシアから電力供給を受けることとした。東北地域とロシアは電力網が連結しているため,この方法を採用することができる。東北地域で電力不足が生じた理由は,風力発電が計画上の発電量に達していないこと。さらには,東北地域は華北地域へ電力を供給する必要があるため,ロシアへ電力の供給要請をするに至った。

 中国から電力供給要請を受けたロシアのInter RAO UES(モスクワを本社の分散型エネルギー持株会社)の2020年の対中電力供給(輸出)は7.2%減少している。中国の電力不足が非常に緊迫しているため,ロシア側も電力供給を強化しはじめている。

 9月27日,中国国務院の韓正副総理は今年の冬の発電量を維持するように,関係部署に通達し,すべての炭鉱企業が石炭を出来る限り供給するように要求した。副総理は「費用を惜しまず,電力の供給を確保するよう要請した。工業用のみならず,東北3省(遼寧省,吉林省,黒竜江省)と南部各省を含む20以上の省・自治区・直轄市の電力不足は,厳しい冬の到来で民生に障害を及ぼすだけでなく,大きな不満が跳ね返り,社会問題を引き起こすリスクが存在する」と。警鐘を鳴らしている。

 吉林省の韓俊省長は内モンゴル,ロシア,インドネシアなどから石炭を購入しても現状の電力不足が2022年3月まで続くと示唆した。浙江省は1万5700キロ遠方のカザフスタンから石炭を購入するとしているが,貨物船で約30日かかるようである。

 オーストラリア産石炭に禁輸措置を講じていた中国は,遂に“こっそりと通関許可”するようになり,『フィナンシャル・タイムズ』(10月4日付)によると,一年前に北京がオーストラリア産石炭の禁輸措置の発令後,中国の港湾外に停留した数艘の石炭運搬船が,遂に9月に港湾に上陸したという。石炭の陸揚げの事実は,運搬船の吃水の深さの変化が暗示しているという。陸揚げされた石炭は45万トンと見られている。フランス系エネルギー調査機関のKplerは,9月に港外に停泊したオーストラリア貨物船5艘から38万3000トンの燃料用石炭(thermal coal)が陸揚げされたと報じた。中国とオーストラリアの二国間関係が緊張する中で,中国がオーストラリアから輸入した液化天然ガス(LNG)の量は日本のそれを超過し,中国はオーストラリア産LNGの最大の輸入国になった。2000年から2021年6月30日までに,オーストラリアから北アジアに輸出したLNGは7240万トンと新記録を更新し,うち,対中輸出量は前年比7.3%増の3070万トンに達した。

 中国の石炭,LNGと石油の争奪によって近年の価格高騰を引き起こし,私たちの生活に大きく影響するようになる。日本も「灰色のサイ」が訪れるのか,これらかも静観したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2324.html)

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