世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
恒大危機は「中国版バブル」の前兆か:ポール・クルーグマンは何を語るのか
(九州産業大学 名誉教授)
2021.10.18
中国トップクラスの不動産企業恒大集団(Evergrande,以下,恒大)は,多額の負債による倒産の危機に晒されている。恒大の負債は,リーマンブラザーズの破綻を引き金となった世界の金融危機を再び引き起こすのか,多くの論議を引き起こした。2008年度のノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン(ニューヨーク市立大学大学院センター(CUNY))教授は,『ニューヨーク・タイムズ』(2021年9月24日付)にコラム「ウォンキングアウト:これは中国“バブル”の瞬間かも知れない(Wonking Out: This Might Be China’s ‘Babaru’ Moment)」を寄稿した。以下はクルーグマンの寄稿の紹介と筆者の意見を加えて説明する。
恒大の巨額負債によって中国版「リーマンショック」である「恒大ショック」を引き起こすのか。この問いに対し,クルーグマンは寄稿の中で,恒大はまだ中国の「リーマンショックを引き起こす時期」に達していないが,過去において日本で発生した「経済バブルの前兆」であると断言した。
一人の教授が主張した「バブルの前兆」に位置するという警告は,なぜ世界中から注目されるのか。筆者は次のように考えていた。1994年にクルーグマンは『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』誌に「まぼろしのアジア経済(The Myth of Asia’s Miracle)」(Nov./Dec.1994。和訳は『中央公論』1995年1月号)を寄稿した。クルーグマンはアジア諸国の生産関数を使って,アジア諸国の繁栄は労働人口の大量の投入によるもので,技術進歩の割合が非常に低いと主張した。それに基づいて,1990年代の東アジアの奇跡と謳歌されたのは,「幻」に過ぎないと厳しく指摘した。1997年のアジア金融危機が勃発した後,クルーグマンの「予言」が見事に当たったことから,氏の「予言」は世界中から注目されている。
普遍的な見方は,恒大から派生したあらゆるショックは制御ができると観察しているが,クルーグマンの寄稿で恒大はリーマンショック時期のレベル(世界規模の金融危機)に達していないが,安泰で何事がないことを意味していないとクルーグマンは主張する。恒大ショックは中国がバブル時期(一国規模の金融危機)に直面している。1985年から1991年に日本経済はバブル経済が形成され,バブルによって不動産価格と株価がうなぎ登りのように3倍程度まで高騰し,その後,実態のないバブル(泡)が破裂し,不動産の価格と株価が急落した。
日本の不動産価格と株価の下落は金融の崩壊を引き起こしていないが,長期に渡り経済の停滞期を招いた,とクルーグマンは指摘した。日本経済の停滞によって金融業界は不良債権の後遺症に悩まされた。日本企業の過剰負担,金融業界の不良債権の負担が,その後の山一証券の廃業(1997年),北海道拓殖銀行の破綻(1998年)などになり,平成不況をもたらすようになった。
1990年代以降,日本の人口増加率は減少し,外国人労働力への依存も限定的で,労働人口も減少,少子高齢化の社会構造などその経済構造は多難を極めた。これを下支えするため,政府は赤字国債の増発しGDPに占める国債の比率は200%を超えた。しかし,現在に至ってもこの膨大な財政赤字は,大きな問題をもたらしていない。
様々な角度から見ると,現在の中国の状況は日本とは異なっている。しかし,マクロ経済の状況は日本でバブルが崩壊した時の様子と似ている。また,中国の人口構造も日本にますます似てきている。中国の労働人口は2015年時にピークに達し,一人っ子政策は既に廃止されたが,特殊出生率は低いレベルを保っている。中国の人口減少の趨勢は,少なくても短期間では好転することは困難と言えよう。
他方,日本のバブル崩壊の時期と同じように,現在の中国では低い消費(個人消費の減少)と高い投資水準(GDPに占める投資支出である投資支出比率が40%以上を占める)があり,経済発展の足枷になっている。仮に人口が急速に増加し,技術進歩が先進国をキャッチアップするレベルの国家の場合,高い投資水準を保つのはあるいは合理的であるが,しかし,現在の中国は少子高齢化社会に向かい,技術水準は依然として日米欧などの先進国に遅れをとっており,生産性の増加率も次第に緩やかになっている。
クルーグマンは,「広範のコンセンサスがあるように,情況は悪いが,これは中国版リーマンショックとは言えない」,しかし,「そのコンセンサスにも誤りがあり,2008~2009年の金融システムは短期間で解決できると見ていたが,数年間の経済低迷をもたらしている」と慎重な態度は崩していない。そして,「中国経済はアンバランス状態になった」と指摘する。
中国経済は転換期に直面したが,中国当局の調整のステップがもたもたしていた。大量の資本を持続的に投入した場合,恒大のように累積債務による株価の暴落を防ぐことができない。過去において中国は危機がないように粉飾したが,「恒大事件」以降は不動産企業の破綻が次々と発生する。たとえば,恒大の負債率は152.9%,富力地産は130.2%,緑地控股は139.2%で,負債率は企業の市場価値を凌駕している。恒大事件は中国経済が重大局面の前兆になるとクルーグマンは示唆している。バブル以降,日本は社会の結集力をもって,社会と政治の危機を引き起こすことがなく,柔軟的で緩やかに蘇ることができた。中国が日本のような社会の結集力を持のか,クルーグマンは疑っている。
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