世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
半数賛成,半数反対の,米国議会分断の現状に関する一考察
(関西学院大学 フェロー)
2021.06.07
米国議会上院は5月28日,先に民主党主導の下院が採択していた,「1月6日に発生した,暴徒の連邦議会乱入事件を調査するための独立委員会設置案」を否決した。賛成が54票,反対が35票だった。賛成が54票で過半数を超えているのに,何故,否決…。これには,少し説明がいるかもしれない。
上院は,米国の場合,各州代表の性格が与えられている(下院は人民代表)。その成り立ちから,米国憲法は,政府の拠って立つ,各州の利害と,人民の利害との調整に,格段の意を払ってきた。その利害調整の一環として,上院だけに認められているのがフィルバスターという制度。そのエッセンスは,本会議場で一度発言機会を与えられた上院議員は,自らがその発言権を譲り渡さない限り,発言を続け続けられるというもの。米国映画の古典的名作とも評されるMr. Smith Goes to Washingtonは,田舎出の新米上院議員が,この制度を使って,たった一人で,地元ボスの企んだ利権絡みのプロジェクトの連邦議会採択を潰す話しだった。しかし,たった一人の反乱が,上院の機能を停止させる,その制度の弊害が今,賛成半分,反対半分に分裂した米国政治の基盤を揺るがしている。
もっとも,この弊害を少なくしようとの努力も,遅々としたテンポながら進んできた。
100名の上院議員の内,60名が賛成する動議が可決されれば,当該のフィルンバスターを停止させることが出来る(従って,今回も,上院共和党から10名の賛成者が出ると,フィルバスターを行えなくなるはずだったが,実際に賛成に回ったのは6名だけだった)。
或いは,上院の特権とされる政府幹部の承認や裁判官の任命に関しては,フィルバスターの対象外とする。更には,予算案作成に関しては,議会運営手続き面での合意が出来れば,フィルバスターを適用しない等など(この4月に議会が可決した,バイデン大統領の1・9兆ドルのコロナ禍対策予算は,この後者の手続きに従って,民主党が単純過半数で押し切ったものだった)。
暴徒の連邦議会乱入事件に関しては,事件発生直後,議会共和党指導部も,民主党に同調して,その無法を非難していた。ところがその後,風向きが変わる。この新設の独立委員会での議論が,必然的に,デモ隊暴徒化にトランプ前大統領がどのような役割を果たしたかに及ぶことになり,それがトランプの岩盤支持層を,そのような独立委員会の設置を認めた共和党への批判票に変質させると案じたためである。
それでも28日の上院での否決の前週までは(つまり,下院が委員会設置を採択する前までは),上院共和党指導部は本案への是非を明らかにしていなかった。それが何故,一転,反対の態度を鮮明にするに至ったのか…。私見では,恐らく,本音では反対を決めておきながら,表面上では,下院内で共和党から,どの程度の賛成票が出るか,注意深くも見守っていたのだろう(下院共和党からの賛成票は35票だった)。
ここで,付記しておくべきは,この下院での採決(5月19日)に先だって,下院共和党指導部から,保守派でトランプ批判を続けていたリズ・チェイニー女史(下院共和党のナンバー3)を追放している事実だろう。チェイニー議員を指導部から追放せよとの声は,本年初頭からあったが,最初の試みは失敗している。あの時は,下院共和党指導部はこぞってチェイニー女史を支持していた。ところが今回は,指導部の態度は全く違った。
そこには,「ここら辺りで,党のために,トランプ批判を止めておけ」との周辺の忠告を聞かなかった,チェイニー議員の性格なども影響しただろう。結果は,共和党指導部は筋金入りの保守派を追い出して,ニューヨーク州選出の穏健リベラル派エリーゼ・ステファニック女史を執行部に導き入れることになった(これも一種の妥協だろうが…)。
トランプ前大統領は,2020年選挙が盗まれたと,依然主張し続けている。本来なら,投票場に出向かず,棄権に回ったはずの有権者の多くが,コロナ禍での疫病拡散防止を名目に,いとも簡単に郵便投票ができるように投票規則が大幅に緩和され,それが,身分証明が不十分なままでの投票,或いは,あまりにも簡便な投票許容に結びつき,そのため,選挙結果がいびつになったと考えているのだ。
2022年の中間選挙では,折からの10年に一度の選挙区調整と相俟って,与党民主党が議席を減らす,との予想が一般的で,それ故にこそ,議会多数派奪還を狙う共和党はトランプの岩盤支持層を一層当てにしたいのだ。それ故,トランプの主張を拒否してしまえない。
だから,共和党が州議会で多数を握っている南部のフロリダ州やジョージア州などで,黒人やヒスパニック有権者が投票しにくくするような方向(たとえば,郵便投票の専用ポストへの投函が出来る時間帯を,昼間に限定,或いは,期日前投票の期間を圧縮したり等など)で投票ルールを見直そうとし始める。これに対し民主党側は,投票権の行使を一層容易にする方向(たとえば,オンラインでの投票を可能にする等など)での,ルール見直しで応じようとする。言い換えれば,公平な選挙とは,どういうルールが適用され,どういう状況で行われなければならないか,対立の本質は最早,そうした民主主義選挙の基本観にまで遡る問題へと深まってしまっているのだ。
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