世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
経済安全保障について考える
(静岡県立大学国際関係学部 講師)
2021.05.31
米中摩擦やコロナウイルスによる供給混乱を受けて,日本でも昨今,経済安全保障の議論が盛んに行われている。例えば,日本において輸入に依存しているコロナウイルスのワクチン不足の現状を踏まえて,コロナウイルスのワクチンや治療薬の国産化を促す旨を2021年版「科学技術白書」で明記するとの報道があった(日本経済新聞2021年5月24日付け朝刊)。また,自動車用の不足や台湾にかなり依存していることで,最近話題になっている半導体についても,例えば,日本経済新聞2021年3月29日付け朝刊のように,現在の危機をバネにして,かつての半導体王国の復権への足がかりにすべしという論調も多い。
ここ最近の中国の振る舞いやコロナウイルスによる経済混乱を見れば,政治主導で経済安全保障の名の下で,日本にとって重要な製品を国産化するという動きは,ある一面で説得力がある。しかし,忘れてはいけないことは,経済には経済固有のメカニズムがあり,必ずしも意図した方向には進まないということである。つまり,経済の構造変化は困難であるということである。これは,1980年代の日米貿易摩擦の頃から現在に到るまで,日本の経常収支が黒字であることをみても分かることである。
国産化に話を戻すと,これを考える際には,比較優位の原則と貿易転換効果を見る必要がある。比較優位の原則とは,ある国は他国と比べて相対的に安く生産できる財を輸出するというものであり,現在のグローバル・サプライチェーンはこの比較優位を基礎にして構築されている。つまり,各生産工程を最も安く効率的に達成できる国に置いているのである。また,貿易転換効果とは,自由貿易協定において,効率的な非加盟国からの輸入が非効率的な加盟国からの輸入に転換される効果である。つまり,これまで安く手に入れていたものが,自由貿易協定によって同じ財を高い価格でないと入手できなくなってしまうことである。
この2つから何が言えるかというと,これまでは輸入で安く入手できたものが,国産化によって価格が上がってしまうということである。つまり,国産化にはコストがかかるのである。しかし,このことを政治ははっきりとは言っていない。口をつぐんだままである。
また,現在の国産化の議論から思い出すのが,途上国の輸入代替工業化戦略の失敗である。これは,宗主国であった先進国からの工業品輸入に依存していた現状を変えて,途上国自身で工業製品を生産するために,先進国の工業品に禁止的な高関税をかけて,市場から閉め出し,そこに自国の製造業を育成するという保護的な政策である。これは第2次大戦後の植民地から独立後にとった最初の戦略であるが,成功はせずに,アジア諸国は輸出指向工業化へ舵を切ることで,高成長を達成していった。
以上のことから言えることは,経済には経済のメカニズムがあり,これを無視した国産化はコストもかかり,失敗するということである。経済安全保障の名の下で,国産化を進める場合は,この教訓を忘れてはならない。
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