世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
競争と独占を巡る政治(公権力)と経済(私権力)のせめぎ合い
(立命館大学 名誉教授)
2021.05.24
競争と独占の兼ね合いは難しい問題である。一般的には独占を廃して,競争を促進することが善だと見なされてきたが,実際にはそれが必ずしも効率的でもなく,したがって妥当な経済政策でもないことがしばしばおこる。たとえば,守旧的・硬直的な独占体制に風穴を開け,産業と市場に新風を吹き込むには,市場参入をよりオープンにし,新興企業の台頭を促す競争の奨励が大いに力になる。だが過当競争の蔓延によって経済のヒートアップや混沌状態が続くようだと,かえって合理的かつ有効な経済秩序がかき乱され,市場への信頼が損なわれて,消費者の不安を助長することにもなりかねない。とりわけ公共性の高い分野においてはその恩恵をあまねく行き渡たらせることが肝要で,それには均等性,一貫性,恒常性などを基本にした,長期の安定した料金・価格体系の維持が大事になる。したがってこうした分野においては国家独占や公的機関による運営,あるいは民間巨大独占体が盤石に聳え立つこともしばしば起こる。
これまで経済学は両者の選択に悩んできた。爆発的なイノベーションの出現が経済の活性化の起爆剤になると考え,競争阻害的な独占の存在を否定したシュンペーターの考えや,それをさらに進めて,制約のない自由化を経済発展の基本と考えるハイエクやその後継者達の自由主義の経済思想,あるいは独占による経済支配に強く反対するマルクス主義の思想などが一方にある。他方で大資本の集中や独占こそが経済を発展させる原動力だと臆面もなく広言するものはさすがにごく少数だが,経済の発展局面によっては,独占も有効であるとする条件的肯定派は後を絶たない。つまり市場動向や競争状態,あるいは経済の発展段階をよく勘案した上で,針路を競争促進の方向にとるか,あるいはその制限,つまりは独占の容認に向かうかを巧みに組み合わせた経済政策の実施が妥当だという含意で,そうした合意が暗黙の内に形成されてきた。したがって,競争と独占の問題はいずれかを是とし,他を否とする二者択一の問題ではなく,状況に応じてその重心の置き方に工夫すべき政策執行上の妙味に属する問題だということになる。
そう言ってしまうと,経済学は行政に丸投げして自らの責任を回避することにもなりかねないが,ここではあえてそこから一歩踏み込んで考えてみたい。このことが二者択一の問題でないのは,競争の一面的な強調が逆に新た独占を生む根拠に使われることもあるからである。たとえば,一旦は競争制限措置の施行によって何社かに分割されたAT&Tが,競争促進のかけ声を逆手にとって,今度はそれぞれがシェアを高めていき,その上で再び統合を実現して復活を遂げた。また現在問題になっている情報分野における超巨大独占の出現の背景には,通信,映像,広告,ITサービスなどの個別部門において,競争促進の旗印の下でそれぞれ成長してきた大企業が,M&Aを繰り返した末に,部門を越えた超巨大な総合的「情報コングロマリット」に脱皮して,今われわれの前に立ち現れている。
こう見てくると,独占と競争を巡る企業間の対抗や軋轢には,それを巧みに裁くべき政治=行政の力量の果たす役割が極めて重要なことがわかる。独占禁止法(反トラスト法)の制定と競争制限的な独占の横行を絶えずチェックする行政機関の存在である。そうすると,今度は国家(公権力)と巨大独占体(私権力)との間の厳しいせめぎ合いに舞台は移っていくことになる。ここでは公平性や透明性,さらに適切さが基本になるが,そのうえで,抜け目なく立ち振る舞おうとする企業の企ての真意を見抜き,必要なら躊躇なく判断を下す果断さや迅速性が問われることになる。とはいうものの,現実には事態の進行の後追いをするのが常であった。それは,確実な証拠と将来の確かな見通しに立った上で行動に移るという法令遵守の姿勢が強く働くからであろう。だがそこから一歩踏み込んで,法令遵守の堅実だがやや保守的な姿勢から,ティム・ウーのいう「競争を保護する」という予防措置の発令が今や問われているのではないだろうか。というのは,適切な競争の維持こそが,経済を健全に運営し,人々の暮らしを守り,企業の成長を促すための基本道だからである。だから,競争と独占は二者択一的な選択肢ではないことは確かだが,競争こそが本道であることをよく自覚し,それに沿った経済が進行していくように政府=行政は厳しく見守っていくべきだろう。そして公権力の持つ確かな力に依拠して,私権力の横暴を封殺していくべきだろう。GAFAなどの情報独占の横暴振りを目にしていると,このことを強く感じるのは,一人筆者だけではないだろう。
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