世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本がなくならないために
(エアノス・ジャパン 代表取締役)
2021.03.29
国の成長戦略計画の作り方
小泉政権以降の日本はグローバル化の行き過ぎによる日本経済の「構造破壊の時代」であった。これから「復活」として日本経済を再構築しなければならない。21世紀の日本国の成長戦略計画を作り,全国民を巻き込んで,それを進めなければならない。
筆者は1960年に学校を卒業して250人ぐらいの未上場の小さな自動車部品メーカーに入り,直ぐ「企画室」を創り,「長期経営計画」を策定した。その年の9月に池田内閣が出した灰色の表紙の分厚い「国民所得倍増計画書」を買い求め,熟読玩味した。そして霞が関の経済企画庁の人にもいろいろの話を伺った。この計画は,池田首相の意を受けて経済安定本部にいた下村治が,経済企画庁の調査したいろいろの資料を基にして,創りあげたものである。日本の産業の構造を「重化学工業化」に持っていこうとするもので,それに関連するインフラの整備,生産性向上運動の方向,科学技術の振興,人的能力の向上がその計画書に明示されていた。こうした新しい社会経済構造のなかで,これからどのような産業,商品が伸びそうかということも示されていた。この後すぐアメリカに視察に行き,産業・技術のメッカであったデトロイト,フィラデルフィア,アクロン,シンシナティ,シカゴなどを見て,重化学工業化はアメリカの姿でもあることが分かった。
当時,日本は人口が少なく,狭い国であるのでアメリカのような産業は無理だという人が多かったが,私は日本の産業もその方向に進めそうだと思った。「計画書」をよく読むと,池田首相の言うように新しい産業,商品を開発すれば,市場は拡大し,経済は伸び,我々の所得も2倍になるだろうという自信が湧いた。私の会社はホンダ,日産,いすゞなどの自動車部品の下請けであったが,自動車部品以外の自社の新製品を開発することにした。「国民所得倍増計画書」には産業連関表的な分析で自動車以外の産業,市場の将来像が明記されており,いろいろの分野の商品の開発の計画を創り,実行した。計画より早く売り上げを伸ばし,上場も果たし,売上2000憶円規模の中堅企業になった。池田首相のこの「国民所得倍増計画書」が大変役立った。
これから菅政権も,世界の大きな波に押されて,環境問題,エネルギー問題,安全保障などに関してのいろいろの経済政策を掲げてくると思われるが,どこかの国の後追いとか,尻馬の乗るというのではなく,日本に本当に必要な政策を進めなければならない。そしてこれまでの日本政府の経済政策のように,アドバルーンで終わってしまわないようにしなければならない。
安倍内閣以来,国家戦略,成長戦略計画を策定のために,政府は,いろいろの外部の人を集め,「計画諮問会議」,「有識者会議」,「専門家会議」などをつくり,会議で議論して計画を決めているようだ。しかし本業を持っている人が片手間に会議に参加して,意見を述べる程度では本当の効果の上がる国家戦略計画を立てることはできない。諮問会議や有識者会議で造られた成長戦略計画に対してはその計画に誰も責任を取るものがいなくなる。「成長戦略計画書」に日本政府は命を懸け,政権が変わってもそれを追求しなければならない。参考のために「会議」を持つ場合でも,そのメンバーにはレントシーカー(利権屋)や利益相反するメンバーを入れてはならない。これまでの会議のメンバーにはレントシーカーが沢山いた。これは日本経済の方向を誤らせてしまう。
「成長戦略計画」には「目標設定」とそれを実現する「エンフォースメント力」(強制執行的な実行力)に基づいた「執行計画」との二つから成る。日本に欠けていたのは「エンフォースメント力とその執行計画」である。「戦略」という考えは,最後の目標が実現されるためには,ある条件を整え準備しなければならないものがある。そのある条件の整備,準備をするためには,その前に別の事柄を実施しておかなければならないというような手順と戦術が明確に計画されなければならない。つまり最終の目的から遡って,その最終目的を実現するために必要ないろいろな条件を整備し,それを阻む問題を解決するなどの一連の具体的な行動を明記することである。そこに明記された行動を順次実行してゆけば必ず最終目的が実現できるものである。これはこれまで政府が言っていたような「工程表」(マイルストーン)とは違う。
この実行を外部の組織に丸投げしてはならない。これまでの政府の政策は,計画を紙に書いて,その「紙」を渡して実行を外部の組織に丸投げしていた。これでは成長戦略計画が実現できる筈がない。特に外部の「レントシーカー」に丸投げすると,国の富が蝕まれる。つまり,執行をする具体的な部隊の任命,資金の手当て,必要な資材の手当て,実行にたいする監査部隊などを政府が準備することである。
これにより国民が政府の成長戦略計画を納得し,国民もこれに沿って動き出すという雰囲気を創ることになる。議論を尽くして,それを国民に納得してもらうことが大切である。それには為政者の「無私のこころと気力と至誠」である。これがなければ国民はついてこない。
首脳の基本宣言
国の首脳は国民に明確な基本方針を出さなければならない。ただ「美しい国になる」というだけでは駄目だ。
アメリカのトランプの政策は(1)強いアメリカを取り戻す。過去の政治家がアメリカの製造業を海外に流出させた。強固な製造業の基盤をつくりアメリカの製造業に雇用を取り戻す。(2)中国との関係を含めて,安全な世界を取り戻す。(3)これらを実現する上での障害物を取り除く。トランプは10月9日に追加経済対策として更に190兆円投入すると言った。
台湾の蔡英文は10月10日の「双十節」(建国記念日)に3つの基本方針を明らかにした。(1)アメリカとの同盟の絆を造り,アメリカと一緒に「21世紀のサプライチェーン」を構築する。(2)アメリカと一緒に「劣化している世界のインフラの整備」をする。(3)台湾を国際金融センターとし,国際的な人材センターにする。台湾は日本の統治時代に学んだ企画力を持っている。
中国の習近平は10月14日「深圳の経済特区40年記念大会」で訴えた。「我々は百年ぶりの大きな変革期にあり,より高いレベルの自力更生の道を歩まねばならない」,「世界的影響力を備えた科学技術と産業のイノベーションを高いレベルで造り上げる」,「世界の産業変革の主導権を勝ち取る」,「世界の科学技術革命の中で主導権を勝ち取れ」と国民に檄を飛ばした。中国は経済戦略計画やその執行計画を作ることに長けている。党校を中心に,企画部門,シンクタンクを持っており,また強力なエンフォースメント力を持っている。
アフリカ諸国も,これからは「製造業主導」で経済発展を遂げると言っている。サービス業はその後からくる(元アフリカ開発銀行副総裁のセレスタン・モガン)。
こうした首脳の基本方針に基づき具体的な成長戦略計画を策定する。この作業の中で,首相の仕事は国民に信頼と希望を与えることである。首相の言うことについていけば,日本経済は成長し,国民は豊かになることを国民に説得しなければならない。
「福島の第一原発の汚染水の海洋破棄」問題も,それでよく,世界も納得してくれるという説明を政府はしていないので,国民の信頼が得られない。国民と議論しないで「問答無用」で「計画書」を押し付けるのでは旨く行かない。
21世紀の日本の成長戦略
先ず日本国の首相としての「基本方針」を出してもらう。その前提は(1)「グローバル化の行き過ぎをストップさせる」ことを国が決意すること。そして(2)25年も続いたデフレからの脱却の具体的な実行計画を作ること。(3)今日の米中戦争の中で日本はどういう立ち位置に立つかを国としての覚悟を決める。この3つの国としての決意を明確にし,国民の同意を得る。
これをもとにして「成長戦略計画」を策定するために政府の中に「企画庁」のような「政策策定部門」と「国立シンクタンク」を設置すること。必要に応じて外部の有識者から意見を聞くが,御用学者,御用シンクタンク,レントシーカーを入れてはならない。
更にその成長戦略計画を実施,執行するための「エンフォースメント力」としての「執行部隊組織」を作ることである。
「このまま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって,その代わりに,無機的な,からっぽな,ニュートラルな,中間色の,富裕な,抜目が無い,或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」。これは三島由紀夫が1970年11月に自裁する4カ月前に『果たし得ていない約束』と題する文章を新聞の寄せたものである。しかし残念ながら,今の日本は,三島由紀夫の言ったような「無機的な,からっぽな,ニュートラルな,中間色の」国であるが,「富裕な,抜け目がない,経済大国」ではなくなった。
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