世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2085
世界経済評論IMPACT No.2085

東京五輪の今夏開催について

重原久美春

(元OECD 副事務総長)

2021.03.15

 約1年前に延期が決定された東京五輪の今夏開催は,このところイギリス,南アフリカ,ブラジルで発生した新型コロナウイルスの変異株が日本国内における感染リスクを高めるのではないかという懸念もあって,日本国内における支持率が低い状況にあります。一方,中国では,ウイルスを国内でほぼ封じ込めた上で,来年の冬季五輪を北京で開催する方針を明確にしています。このような状況の中,アメリカ国務省の元高官である私の友人から,東京五輪は予定通り本年7月23日に開幕するという日本当局の公式見解について私の見解を求めてきました。

 これに対して私の回答は以下のようなものでした。

 東京五輪は,いかなる差別もなく,相互理解,友情,連帯,フェアプレーというオリンピック精神に基づいて,スポーツを通じて若者を教育し,平和でより良い世界の創造に貢献することを目的としている。

 本年2月17日に開催された国連安全保障理事会において,グテーレス事務総長は,コロナウイルスが尊い人命を奪い,経済を破壊し,持続可能な開発目標を脅かしていることを指摘し,コロナ・ワクチンの接種が先進国で進捗する一方で130カ国以上の国において1回も接種していない事実に着目して,コロナ・ワクチンの公平な配布を求めました。

 私は,日本は次のような考え方を世界に示すべきだと考えています。

 第一に,日本は外交上の最優先事項として,グテーレス国連事務総長が指摘したコロナ・ワクチン摂取に関する国家間の不平等を是正するための国際的な連帯の機運を率先して醸成していく。

 第二に,日本が率先してこれらの課題を克服し,世界的な取り組みの成果が得られた証として,五輪の開催国となる。

 第三に,この基本方針に沿って,日本は今夏の東京五輪開催を中止する。

 第四に,日本が東京五輪開催延期を決定した昨年とは,世界を取り巻く状況が大きく変化しており,英国,南アフリカ,ブラジルで発見された感染力のより強い新型コロナウイルス変異株が他国に拡散して新たな脅威となっている新しい状況の下で,東京五輪今夏開催中止の決定は,予測できない大きな状況の変化があった場合に合意が拘束力を持たなくなることを定めた「事情変更の原則」という国際的な法原則に則したものであり,国際信義にもとるものではない。

   *   *   *

 この見解に関して海外の友人たちにメールを一斉配信してコメントを求めたところ,早速,元駐日スイス大使のポール・フィヴァ氏から,私の提案は「日本が利己的な防衛策ではなく,ウイルスの蔓延と戦い,国際社会の中でより良い連帯を提唱するための優先的な選択に従って行動することを示すシグナルになると考えてます」という支持のコメントがありました。「世界のどこかでパンデミックが発生している限り,この地球上で安全な人はいません。東京五輪に関する最終的な決定がどのようなものであれ,日本は,ワクチンの製造,余剰分の分配,または資金提供によって,より公平なワクチンの分配に向けた努力に精力的かつ迅速に参加することが期待されています」と付言しました。

 また,東京五輪については,「日本政府だけが中止・延期の責任を負うのは不公平だと思います。拘束力のある科学的助言に基づいて,日本政府,IOC,WHOが共同で決定すべきだと思います」との見解を示しました。

 全豪オープンテニスが開催されたオーストラリア在住のエコノミストであるジョン・ウェスト氏は,私の意見を全面的に支持するとした上で,「オーストラリア人はスポーツ好きで,東京五輪を楽しみにしていますが,パンデミックには慎重で賢明であり,日本が五輪開催中止を決定をしても理解を示すでしょう」とコメントしました。

 一方,イタリアのコルティナで開催されたスキー世界選手権大会の閉幕直後,イタリア人で元OECD財政金融企業局次長のリナルド・ペッキオーリ氏は「この大会は一般公開されずに開催されました。アルペン・スキーのような“エリート”スポーツでは,物理的な近接性がもはや必要ではなくなっています」と指摘したあと,「今や五輪は巨大なテレビ番組と化しており,一般市民が観客として現場にいなくても演じられるようになっています。そして,他のテレビ番組と同じように,オリンピックの本来の精神は全く無意味なものになってしまったのではないかと思います。日本は,衛生面で残されたリスクを処理する能力があれば,大会を実施することができましょう。観客無しの大会の経済的影響を評価することは私にはできませんが,日本は2004年のアテネ五輪のあとギリシャを襲った金融危機の罠に陥ることはないと確信しています」とコメントしました。

 東京についで五輪開催地となることが決定しているフランスの首都パリに在住するべルナール・ユゴニエ氏(元OECD教育技能局次長)は,「すべての保険衛生上の注意を払わなければなりまん。そのため,多数の観客を集めることができず,(アスリートが密着して行うレスリングのような格闘技など含む)全競技を行うことができず,しかもすべての国が参加することもできないのであれば,大会の雰囲気も当然ながら異なり,日本が東京オリンピックで当初期待したような成功を収めることはできないでしょう」と論じました。こうして,ユゴニエ氏「東京五輪は再び延期すべきです。しかし,中止すべきではありません」と結論づけました。

 この考えに私にも共感できます。1896年にアテネで開催された近代オリンピックを考案したフランス人ピエール・ド・クーベルタンは,五輪がスポーツを通じてすべての国を友好と平和に結びつけると信じていたことを思い起こしましょう。これこそが,今,世界が必要としていることなのではないでしょうか。

[注]
  •  本稿は,筆者が英文で起草し,スイス・ローザンヌ市所在の国際オリンピック委員会(IOC)本部に本年2月25日に送付した提言書の主要部分を和訳し,若干の記述についてアップデートしたものです。
  •  IOC宛てのメールの内容は筆者の公式ウェブサイトに掲載されており,以下のリンクでアクセス出来ます。
  •  http://office.shigehara.online.fr/PDF/25.02.2021.pdf
  •  筆者の提言に関して海外の識者から寄せられコメントの原文は以下のリンクでアクセス出来ます。
  •  http://office.shigehara.online.fr/PDF/20.02.2021.pdf
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2085.html)

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