世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2066
世界経済評論IMPACT No.2066

総動員体制の質的転換が要請されている産業社会:先駆けの事業体に注目したい

末永 茂

(エコノミスト  )

2021.03.08

「米中経済摩擦論の誤り」を端緒に

 米中経済競合と旧米ソ冷戦構造とは根本的に異なった様相を帯びている。産業社会を担う中国若年層が大規模に形成され,これをコアに「世界の工場」を確立しているのであるから,単なる経済大国が覇権大国アメリカに迫る勢いを示しているのではない。これに対して残念ながら,我が国はファンダメンタルな産業部門に於いて,年功制を維持し旧態依然としている。時折,悪代官か封建遺制の家父長的発言が,マスコミで取り上げられ非難応酬の結果,人事刷新される事例も浮上している。

 コロナ以前は勤務形態も硬直的だったが,服装を例に挙げても格式ばった思考様式が今なお残存している。リクルート・スーツなるものがその典型であり,寒冷地イギリスの背広とネクタイを礼儀作法の必須アイテムとする点でも,ビジネス・マナーの合理性が疑われる。ファッションは時として反気候的で外見的に大きな縛りがあり,かつての熱帯植民地でもこのスタイルは守るべきものだった。辮髪の廃止や散切り頭への転換は多大な犠牲を伴った。こうした点を考慮すれば,人々の意識を変えることは並大抵なことではない。

総動員体制の固定化が続いてきた

 そもそも,新卒一括採用・終身雇用と年功序列制度はいつごろから定着したのか。1940年体制ともいわれているが,1929年大恐慌以降の30年代から徐々に経済統制が強化され,1942年の食管法で統制経済は完成することになった。全国民を巻き込んだこの総動員体制は戦時体制思想と不可分のものであり,その原型はクラウゼヴィッツによって定式化されている。「双方の国民の総力をあげて行なわれる戦争を支配する原則と,常備軍相互の関係だけに立脚して全計画が立案された旧事の戦争を支配するそれとが,ちがったものでなければならないことは,明確である」と軍師は論述している。関連する言辞でモーゲンソーは「国際政策のイデオロギーを不可避的に生みだし,それを国際舞台における権力闘争の武器へと転化させるのは,こうした心理的諸力に他ならない。政府の対外政策が国民の知的確信と道義的評価に訴えることができなければ」ならないとしている。

 クラウゼヴィッツやモーゲンソーの近代戦の捉え方は,国民総動員体制とイデオロギー的結束が鍵になるものとしている。分散・分権的なものから集中型の戦時組織論への転換が勝敗を決するという認識である。その意味で,近代戦は総力戦であり,思想戦の重要性,イデオロギーの全国民的共有による画一的な動員体制を構築することが,決定的な課題になる。従って,後方支援や補給戦を担う産業社会へも同様の総動員体制を適応しなければならなくなる。我が国の場合,これは疑似的な農村共同体意識をベースに,儒教的年功序列と近代的総力戦思想を混合したイデオロギーを伴って形成されてきた。そしてこのシステムが戦後経済成長を支えてきた。

 しかし,これを転換しなければならないのが現在の産業社会ではないか。完全雇用や国民のほとんどが何らかの社会的役割を担うのは当然であろうが,その参加形態が今問われている。新しい人材登用と組織慣行は,よりインテグレードされた分権的組織である。そして,これに見合った処遇と労働形態が求められている。1970年代頃までの居酒屋では,隣席から「どこの戦地へ行ったのか」という年配の人の話が良く聞こえてきた。しかし,世代が進めばその声は消滅する。70年代の石油ショック辺りで,世界経済の構造転換と低成長でも豊かな社会を実現できる経済モデルが提起できれば良かったのだろうが,これは「歴史におけるif」であり,ナンセンスということになる。しかしながら,天までも届くようなエネルギー多消費型の産業社会を,必要以上に評価するのは見直すべきであろう。身体の尺度は限られている。

労働市場の質的転換を本格化

 そんな情勢下で,川崎重工業は従業員17,000人の処遇を巡って,2021年度より年功制を全廃すると発表した(『日経新聞』2021/02/27付)。背景には新卒者の持続的な減少や,人口ピラミッドの逆三角形化がある。また,新産業部門の労働形態の質的変化がある。象徴的なケースとして,デジタル庁の組織や人事制度等々を如何にするのかという課題がある。データサイエンスは単なる工学的手法やテクノクラートだけでは運用できない。自然科学の統計処理と社会統計の相関認識が,常に点検されていなければ有効に機能しないからである。これをマネージできる人材は相当程度柔軟でなければならないし,悪弊の代名詞のような「お役所仕事」では対応できない。

 現在は,コロナ禍の真っただ中であり,新しい産業社会の在り方が問われている。在宅勤務やネット情報の充実,外部情報へのアクセスは格段に整備されている。これに対して,社内・企業内情報蓄積は限られており,年功制が有利な条件は喪失している。年齢に関わらず,学習意欲が高い人ほど職務能力が高くなる。一つの事例を示せば,通信教育学部生は高校新卒者が3割程度に留まっており,残り7割は既卒者や大卒者等の生涯学習希望者で占められるようになっている。企業や事業体の雇用システムが果たす役割は,担当者個人が考えている以上に社会的影響は大きい。もちろん労働組合も重要な要素を担っているはずだが,組織率は傾向的に減少している。しかも,組織率回復のための改革もなされていないのであるから,実態としては組織幹部の友好クラブ化(いわゆる労働貴族)しているといわれても仕方がない。スムーズな世代交代を阻害し,既得権益の過剰な堆積を容認する社会は,道徳的にも感心できるものではない。市場経済を支える一定のルールを備えた社会的基盤がなければ,それは資本主義でもなんでもなく,我田引水の放置と我欲の野放しでしかない。我が国の労働市場,雇用慣行や所得構造は,抜本的に改革すべきである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2066.html)

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