世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
パリ五輪の財政予測と地球的課題に暗雲
(帝京大学 元教授)
2021.02.15
コロナパンデミックは人類の聖域とみなされて来た五輪さえにも変革を迫っている。東京五輪開催の帰趨が大きな関心を引くなか,3年後に迫ってきたパリ五輪は9月28日付け本誌でも開催準備の遅延が深刻であると報告した。コロナ危機を受けた集会自粛勧告のなかでパリ市北郊外の主要な五輪開催会場になるセーヌ・サンドニ県地区のいくつかの市役所前広場などでは,パリ五輪は都市の空間を環境破壊と汚染をさらに深刻ささせるものであると反対集会が行われている。さらにフランスの著名な知識人,政治家など30人が共同で五輪の理念に反し,巨額の浪費と環境汚染につながるような2024年五輪開催には反対であると声明を発表した。この中には保守系のラファラン内閣の元教育大臣のリュック・フェリーや哲学者パスカル・ブルックネールなど著名人も名を連ねる。労組5団体や左翼環境政党なども反対に加わっている。そこでパリ五輪の巨額な財政収支の見通し評価,持続可能な開発目標(SDG)等との適合性,この2点を掘り下げて考えてみたい。
第1はパリ五輪によって持続可能なレジリアントな大会になるのか,終了後も遺産として継承されていくのか。財政面で過去の五輪には2012年のロンドン五輪は60億ユーロ追加で総額110億ユーロに,リオデジャネイロは追加230億ユーロで総額330億ユーロ,北京は290億追加で総額320億ユーロというという具合に大幅な追加の資金が投入されてきた。東京五輪も経費節約のモデルと言われたが緊縮五輪という目標は帳消しになりそうである。2021年への延期だけで20~50億ユーロの追加出資を余儀なくされる気配で,東京五輪予算は約115億ユーロ(1兆3500億円)に達する見込みである。現時点ではパリは68億ユーロ(8000億円)で2028年のロスアンジェルス五輪2028年70億ドル(7500億円)並みとなっているが,マクロン大統領が自信を見せていた緊縮型のパリ五輪の経費は増大,現時点で事業予算規模は81億ユーロ以上に膨らんでいる。その経済効果は107億ユーロに上るという予測値もある。この数字は所謂,財政乗数値を1以上に見積もる甘い積算であると思う。足下ではコロナ不況下の景気循環局面における消費性向低下,ゼロ金利のなかでの実質金利上昇による民間設備投資の減少といういわゆるクラウディングアウト効果,などマイナス面を過小評価している。もっと言うならば2021年には対GDP比122.4%,約3兆ユーロ近くにも達する政府債務残高において債務償還のために遠くない将来に増税政策が予測されるならば五輪予算の政策効果はいわゆる実体経済に影響を与えなくなる「リカードの中立命題」として将来世代につけを回す可能性が指摘される。財政赤字と公的債務がすでに深刻な問題になっており,階層資産格差が拡大し,失業者がコロナウィルスの悪影響で急増し,また老齢化で年金制度が大揺れしているときに「空前の大掛かりな世紀の事業に公的資金を浪費するのは無責任である」と同声明文は批判する。
第2はパリと同時決定された2028年のロスアンジェルス五輪は東京オリンピックの4分の1程度の予算で開催を目指している。7年前決定という原則を崩して早期に開催都市を確保した背景には五輪開催をめぐる改革論議があった。IOCは2017年からロスアンジェルス五輪までの11年間を五輪改革の期間として位置付け,次の4つの行動改革計画を発表した。招致プロセスの健全化,大会の肥大化と費用増大への対応,男女の格差是正,若者へのアピール,ドーピング対策の4つの目標である。
五輪開催に疑問が呈されたのは始めてではないが,反対声明はスポーツの祭典の豪華さは五輪の原点に矛盾するとする。五輪のスポーツ関係者による相次ぐ汚職やスキャンダルでイメージが傷ついてしまった。40ものスポーツ団体が,ジェンダー差別,幼児性的虐待,性的暴力事件で摘発を受けている。オリンピックの理念がこれらの問題,腐敗,ドーピング,商業化などによって損なわれている。パリ五輪も結局はGAFAM(Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoft)と全く同じように労働法規を無視して,パリの都市計画の本来の目的を逸脱し公共空間や納税者を犠牲にしているだけではないのかとの批判である。五輪の開催意義は大掛かりなコミュニケーション・マーケティング戦略として考案されているが,それらは結局,国際オリンピック委員会(IOC)の商業主義的利益とその広報宣伝を正当化する以外の目的しかを持ち合わせていない。世界経済における公的債務の重大さが日々深刻になり,GDP成長率が劇的に低下し,多数の企業が倒産し,大量の失業が発生しており,その結果,公共サービス,病院,教育,研究開発,公共輸送などの産業にすでに支出削減の圧力が高まっているときに,スポーツ祭典という大義名分の名のもとにオリンピック大会に公的資金を浪費することは余りにも無責任であると。オリンピックは政治抜きのお祭り,世界のひとびとの友情の場であるが,全体主義の国,警察独裁国家,イスラム主義専制国家などは国威発揚を民主主義の国でメダル獲得によって世界的な正当性を盗み取ろうとしている仮面舞踏会に成り下がっていないのか。またIOCはベールで顔を覆ったままのイスラム国家の女性たちを五輪競技に参加させるとによって五輪憲章と男女平等を謳った普遍的な考えを軽視している。このような情勢を踏まえてわれわれは,政治勢力,労働組合,市民運動,人権擁護団体,メディア報道界,学会などに対してこの際,2024年のフランスでの五輪プロジェクトを糾弾するように呼び掛けたいとする。人間同士が競争するオリンピックの教条主義的ドグマよりも文化的,生態環境的,社会的,経済的な別の多くのもっと遥かに重要な地球的プロジェクトを推進していくことを優先すべきである。気候変動地球温暖化,環境と生物の多様性の破壊,労働条件の悪化,社会的格差,恵まれないひとびとの不安,などに対する緊急課題に全エネルギーを注ぎ込み,オリンピックの競争主義的なお祭りに対抗していかなければならないと主張する。
パリは大気汚染が世界で最も深刻な首都のひとつである。数十万の五輪観光客が飛行機で押し寄せ,暑い8月のパリに恐ろしい混雑が予想され,環境汚染は頂点に達するであろう。SDGsやEUグリーンリカバリー,BBB(より良い復興)など地球的課題は待ったなしであるのに。
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