世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
なぜ米・国務長官が「米台関係に対する自主規制」を解除したのか?
(九州産業大学 名誉教授)
2021.02.08
2021年1月9日,米・ポンペオ国務長官は「米台関係に対する自主規制の解除(Lifting Self-Imposed Restrictions on the US-Taiwan Relationship)」を発表した。
その内容を簡潔に内容に紹介し,この時期になぜ「米台関係に対する自主規制の解除」(以下,自主規制の解除)が実施されたのかを論じることにしたい。
冒頭に,「台湾は活気に満ちた民主主義と信頼できる米国のパートナーであるが,それでも数十年の間,国務省は外交官,軍人,その他の公務員と台湾の対応者との交渉を規制するために複雑な内部制限を作成してきた。米国政府は,北京の共産主義政権の気兼ねのために,一方的にこれらの行動をとった。本日,私はこれらの自主規制をすべて解除することを発表する」と,この規制解除の理由を紹介した。
続いて,「行政機関は,国務長官に委任された当局の下で国務省によって以前に発行された台湾との関係に関するすべての“ガイドライン”を無効と見なす必要がある」と指摘した。
いわゆる“ガイドライン”とは,「米台関係ガイドライン(Guidelines on the Relationship with Taiwan)」(最高機密)を指すものである。当然,最高機密のため,過去では関係者だけがこれを見ることができたが,持ち出すことができない資料である。2015年,オバマ大統領政権時に修正したものである。その起因は,2015年1月1日に台湾の駐米代表(大使)の沈呂巡とその駐米事務所のメンバーがツイン・オークス(Twin Oaks)で,米台国交断絶後に初めて元日に台湾の国旗掲揚式を行った。「ツイン・オークス」とはもともとは中華民国駐米大使館の場所であり,米台国交断絶後,台湾の駐米台北経済文化代表処(事実上の大使館)が購入したものである。台湾の立場から言えば,自国の大使館で国旗掲揚式は当然である。しかし,米・国務省は事前に国旗掲揚式の連絡がなく,「米台には外交関係がない」ことを強調し,この行為は「米国が長時期に米台の非公式関係の理解を違反した」と指摘し,この行為は「失望」したと主張した。その後,発表したのがこの“ガイドライン”である。その内容は次の3点である。
- (1)台湾駐米代表所のメンバーの米・国務省ビルの進入を禁止する。
- (2)台湾駐米代表所のツイン・オークスでの国旗掲揚式を禁止し,米国政府機構で中華民国の国旗の展示を禁止する。
- (3)米・国防省はアメリカ軍事学校で交流や訓練を行う際,台湾の軍隊関係者の(台湾の)軍服の着服や中華民国の国旗の露出を禁止する。
内容から結構厳しく台湾に制限を加えている点が感じられる。なぜアメリカ政府は台湾にこのような厳しい制限を加えたのか。その理由は米中国交締結時,中国は「一つの中国」の原則をアメリカ側に要求し,アメリカは「米中共同コミュニケに基づき「中華人民共和国を中国の唯一の合法的政府」と承認(recognize)し,「台湾は中国の一部である」と認知する(acknowledge)として,今の所,中華民国の主張を支持しない立場を取っていた。そのために,中国に対する気兼ねであった。
しかし,現在も民間レベルで親密な関係を保つほかに,中華民国との間に米華相互防衛条約の後継法である「台湾関係法」を結んだ。それに,「六つの保証」を提示している。「六つの保証」とは,1982年7月14日に,ロナルド・レーガン米大統領から蔣経国総統へ伝えられた米国の台湾政策の方針である。それは,以下の6項目である。(1)台湾への武器供与の終了期日を定めない。(2)台湾への武器売却に関し,中国と事前協議を行わない。(3)中国と台湾の仲介を行わない。(4)台湾関係法の改正に同意しない。(5)台湾の主権に関する立場を変えない。(6)中国との対話を行うよう台湾に圧力をかけない。
近年,米台政府高官の訪問を促進する「台湾旅行法」を成立させるなど,米台は緊密な関係にある。2020年12月27日にドナルド・トランプ大統領が署名し成立した「台湾保証法」である。なお,2020年11月13日にポンペオ国務長官は「台湾は中国の一部でない」と述べていた。
引き続いて,「自主規制の解除」の文言を紹介する。「さらに,当局は米国在台湾協会(AIT,事実上のアメリカ駐台大使館)以外の組織を介した台湾との行政機関の関与の規制を無効にする。そして,外務マニュアルまたは外務ハンドブックのすべての規制も無効になる。行政機関と台湾との関係は,台湾関係法に規定されているAITによって処理される」。
「米国政府は世界中の非公式パートナーとの関係を維持しており,台湾も例外ではない。私たちの2つの民主主義は,個人の自由,法の支配,そして人間の尊厳の尊重という共通の価値観を共有している。今日の声明は,米国と台湾の関係が,私たちの恒久的な官僚機構の自主規制によって束縛される必要はなく,束縛されるべきではないことを認めている」。
この“ガイドライン”の廃止は台湾にとってどのような重要性を持つのか。
(1)この「自主規制の解除」以降,“ガイドライン”が無効になることである。事実上,2015年5月30日に当時の蔡英文総統候補者は,12日間のアメリカ訪問で,連邦上院議員ジョン・マケインなどのほか,ホワイトハウス,アメリカ合衆国国家安全保障会議(NSC),国務省に入り,国務副長官アントニー・ブリンケン(バイデン新政権の国務長官)と面会している。この数年,台湾の国旗は米・連邦政府や共同軍事演習で米側が自動的に掲示している。また,台湾の空軍(F-16V戦闘機のパイロットの米空軍基地での訓練),海兵隊,戦車部隊がアメリカでトレーニングや軍事演習を行い,台湾の軍服も着用している。ポンペオ国務長官がこの「自主規制の解除」の発表は事実上の「追認」の手続きである。米台の互いの活動の正常化の総結である。「自主規制の解除」以降,米台が政府対政府,国家対国家の活動の規格への関係アップが期待できる。
「自主規制の解除」以降,1月11日に米国務次官補(政治軍事担当)のクラーク・クーパー(Clarke Cooper)と台湾駐米代表(大使)の蕭美琴が国務省で会見し,これは2020年に蕭代表が就任後の2回目の会見である。駐オランダ・アメリカ大使のビータ・フックストラ(Pete Hoekstra)と駐オランダ台湾代表(大使)の陳欣新がアメリカ大使館で面談していた。また,1月20日,駐米代表(大使)の蕭美琴はバイデン米大統領の就任式に出席した。正式な招待を受けての出席は米台が断交した1979年以来初めて。恐らく,「自主規制の解除」による変化であると考えられる。
事実上,2020年8月に厚生長官のアレックス・アザ―の訪台,9月に国務省キース・クラック次官(経済成長・エネルギー・環境担当)の訪台などが見られた。そして,2021年1月13日~15日の米・国連大使ケリー・クラフトの台湾訪問を予定し,事前にキャンセルした。その理由はバイデン次期政権の新旧引継ぎの業務があるためといわれている。それにもかかわらず,14日に,クラフト大使はオンラインで蔡英文総統との会議,台湾大学などの学生に対しオンライン演説を行った。クラフト大使は蔡総統に,台湾の国連加盟支持の意見を述べた。
(2)最も重要なのはアメリカにとって「台湾は国交を締結していない国家」であることを意味する。ここでの「国交を締結していない」ということはそれほど重要でない。最も重要なのは「国家」である。いまは国交がないが,将来では国交を締結することである。
(3)過去において,アメリカが台湾を優遇し,台湾の総統やハイレベル要人がアメリカを訪問すると,中国はいら立ちを露わに示している。中国がいら立ちをあらわすと,アメリカは緊張し,外交上台湾に嫌がらせをするようになる。将来,中国はアメリカを使って,台湾に「制約」を加えることができなくなることを意味している。
(4)今後,アメリカは台湾とのサプライチェーンのパートナー関係を保つようになると考えられる。また,アメリカのインド太平洋戦略では,日本,オーストラリアとインドのパートナー関係を持つ国として位置づける。台湾もこのインド太平洋戦略の一環に組み込むことは想像できる。1月13日に,バイデン次期政権は,ホワイトハウスの国家安全保障会議のメンバーに,ベテランのアジア専門家カート・キャンベル元国務次官補の起用を決めた。安全保障問題担当大統領補佐官に就く「アジア太平洋調整官」であり,中国を含むアジア戦略の責任者である。キャンベルは2009年から2013年にかけて,バラク・オバマ前政権で東アジア・太平洋担当の国務次官補を務めた経験がある。要するに,トランプ政権のインド太平洋戦略を継続するシグナルを提起していることである。
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