世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2022
世界経済評論IMPACT No.2022

「資本主義の限界」の論じ方を考える

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2021.01.25

 今日,米中間の熾烈な対抗関係の激化,トランプ政権による内外での既成秩序の破壊と混乱,イギリスのEU離脱,地球規模での気候変動と脱炭素宣言,さらにはコロナ禍による経済の停滞と生活の困窮化,そして場合によっては生命の危険などが重なって,世界を覆う「資本主義の限界」があちこちでいわれるようになった。それには様々な切り口があるが,特徴的なのは,これまでのように間欠的,周期的な経済的不調和の指摘にとどまらず,それらを超えた極めて深刻な体制的危機の到来を縷々披瀝して,そこから広く人類の未来への悲観的な見通しまでを説いているところにある。そこには事態の逼迫さへの危機感が端的に表われている。

 だが言うまでもないことだが,私的営利の下で,商品生産を行い,市場を通じてその実現を図り,莫大な富の蓄積を積み上げてきた資本主義は,たとえそれがどんなに圧倒的で支配的であっても,一個の経済システムであって,それに照応する議会制民主主義と三権分立の統治形態の助けを得なければ十全に機能していかないものである。イデオロギーや生活を含めてそれらの総体を近代市民社会と呼べば,そこでは身分制に基づく封建制の制約から脱して,思想,信教,移動,職業選択,営利活動などでの個人の自由を存分に発揮できるようになり,それが創意工夫と切磋琢磨を生んで,個々人の発達や科学・技術の開花と相まって社会の急速な進歩をもたらした。こうした近代化がもたらしたものの限界がいま問われている。それは都市化,工業化,資本主義経済システム,国民国家体制,植民地体制などに集約的に表わされるものであり,特定のシステムを超えた,それらに通貫するものである。

 資本主義はあらゆるものを商品化し,労働力はおろか,今や科学や技術,芸術などの創造活動に依拠する,いわば無形の知識までもが商品化され,そしてそれらを担う科学者,技術者,芸術家,創作者の多くがこれまでの独立の存在から資本主義的営利活動に包摂され,自由が制約されるようになった。もちろんその過程は彼らの一部に目の眩むばかりの巨額の富をもたらすが,多くは知識労働者として知識資本の傘下に呻吟することになる。IT化・情報化・知財化に集約されるデジタル化の波は世界を覆い,グローバル化にのってたちまちに世界に波及していく。また市場万能主義を謳歌する風潮が一時期蔓延したが,全てが市場に解消されるわけではない。非市場化された部分や市場に馴染まないものも残り,それらの混合物として現実の経済運営がなされていく。さらに市場を席巻したごく少数のIT巨大資本は多く競争とは反対の独占化を志向するようになり,それが貧富の格差を助長し,市場を硬直させ,さらには不正や腐敗や強欲などの精神的堕落を一部に蔓延させていく。だから資本主義的営利活動の限界はまずこうしたあらゆるものの商品化にその根源があるのだから,資本の無制限な活動を掣肘する国家の機能発揮や政策実施が大事になり,そのためには民による「草の根」の民主主義の下からの要望が大きな力になる。

 だが政治や司法などの統治分野の多くは高学歴を誇る選別された専門エリート達の占有するところとなり,それらを資本主義営利システムは巧みに自家薬籠中のものにしてきたし,また政治家や高級官僚や知的エリート達も巨大企業寄りの言動によって,巨大な利権を確保し,保身を図ってきた。だがそれが今日怨嗟の的となり,澎湃として湧き起こる下からの大衆の運動によって,その機能が麻痺してきている。ポピュリズムの嵐である。だから事態は資本主義経済システムよりも統治システムの危機なのである。

 直接民主主義の運動は途上国から始まり,旧社会主義諸国を経て西欧諸国に広がり,今やアメリカでも議事堂占拠という前代未聞の事態が起きている。これこそは近代市民社会の行き詰まりを端的に示している。確立されたエスタブリッシュメントによる美辞麗句で飾られた建前の真底に,偽善の匂いを鋭く嗅ぎ取っているからである。だから今求められているのは,真剣に事実と向かい合い,誠実に事態の打開を切り開いていく勇気,そして社会的分断を裁ち切り,社会を再び統合していくこと,とりわけ人権や核や地球環境の破壊,さらには目下のコロナ禍まで,地球規模の問題群を直視し,その解決策を共に考えていくことである。さらにグローバル社会における合意形成に精通していかなければならないだろう。それには何よりも,デマや煽動や押しつけを排して,切実な要求に基づく,無名の圧倒的多数の,下からの地道ながらも圧倒的な民主主義の運動を支持し,共感を広げ,そして連帯していく気風を確立していくことではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2022.html)

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