世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.556
世界経済評論IMPACT No.556

2016年の世界経済は緩やかな成長:IT新時代切り開く米国,過剰投資のつけに直面する中国の相克

武者陵司

(株式会社 武者リサーチ 代表)

2015.12.14

 2016年の世界経済には将来の展望が切り開かれつつあるIT革命下の米国と,過剰投資の後遺症で急失速している中国の相克,対抗がモチーフをなすだろう。

 米国経済は多くのポジティブな要素が指摘される。第一に原油価格下落の恩恵が先進国経済全体を大きく押し上げるということである。G7GDPと原油価格前年比の推移を辿るとで,両者は完全に連動してきた。但し両者の間に18カ月のタイムラグがあり,ようやく年末から来年前半にかけて,昨年夏からの原油下落のプラス効果が顕在化すると見込まれる。これまでは資源国の資金不安,通貨・金融不安,資源関連企業の業績不安など,マイナスばかりがクローズアップされてきたがそれが明転する効果は大きい。原油価格が半分になったことによって,アメリカのGDPは1%,ユーロ圏は1.2%,日本は1.7%もの経済押し上げ効果が期待できる。

 第二に米国でいよいよ情報化革命の恩恵が人々の生活あるいは日々のライフスタイルにも及び,消費増加に弾みがかかってきた。インターネット,スマートホン,クラウド・コンピューティング,急激な技術革新が起こり,それが企業収益を押し上げてきたが,適切な政策実施のもとではっきりとした情報化革命の消費者へのプラス影響が顕在化している。ただし,消費増加の中身はモノというよりもサービスである。1995年以降のアメリカのセクター別の雇用を見ると,リーマンショックで大幅な雇用の落ち込みが建設業,あるいはIT産業や製造業で起きたが,ここ数年間の辛抱強い金融緩和により,教育,医療,サービス,娯楽,観光,そして流通など,サービス分野で着実な雇用回復が見られる。つまり,新たな経済の牽引車はもはやモノではなく,サービス。これがIT革命の結果,アメリカの消費を押し上げてきた現在の大きな特徴である。

 第三に米国で唯一大きく回復が遅れていた住宅需要がこれから大きく回復する場面に入りつつあることが留意される。サブプライム危機以降,住宅投資の落ち込みが経済の最大の重しとなってきた。GDPに占める住宅投資は過去平均5%であるが,それがピーク時の6.7%から2.4%まで落ち込み,依然3%程度で低迷している。世帯の増加に対して,新規住宅の供給が下回り続け,空き家が減少,貸家需給のひっ迫から家賃が上がり始めている。加えて大きく減少した持ち家需要が高まると予想される。アメリカの持ち家比率はクリントン政権が出発した1992-1993年に63%台にあったものが2006年には69%と,ほぼ6%上昇しリーマンショック前の住宅ブームを引き起こした。しかし,その後持ち家比率は急落し69%から直近ではふりだしの63.4%まで低下している。金融機関も不良債権の処理を終えて,ようやく少しずつ住宅ローン貸し出し姿勢を積極化させている。つまり,貸家も持ち家も住宅がこれから,かなり活発に建てられる時代に入ってくる。となると,アメリカの2016年GDPは住宅によって大きく押し上げられると思われる。

 第四にリーマンショック後の米国経済の重しとなり続けてきた公的需要が,財政赤字の削減がほぼ完了し,いよいよ増加局面に入ってきた。公的支出により老朽化しているインフラ整備をすべし,という意見はポール・クルーグマンなど多くの経済学者が主張している。

 第五に信用循環が大きく経済を押し上げていく。ここ半世紀の米国の実質負債成長率をたどると’71年,’81年,’91年,2001年,2011年と,「1」のつく年に信用で底入れをし,それから10年間信用の拡大が続き,10年後にまた信用のボトムがやってくるという規則正しい循環がみられる。直近のボトムは2011年であり,ようやくアメリカの経済の信用拡大が始まったばかり,実際米国銀行は不良債権の処理やバランスシート調整がようやく終わりこれから貸し出しを増加させようという場面である。また借り手である家計や企業の債務比率は低下し,借金のコストの所得に対する負担は過去最低水準にあり,貸し手も借り手まだまだ,これから大いに信用を拡大させられるという局面であり,信用循環の観点からアメリカの景気は若いのである。

 2016年の最大の懸念は中国経済であるが,中国政府が威信にかけて危機は起こさない,と何でもありの弥縫策を展開していることは目先の好材料ではある。もっとも中国経済は投資失速による経済成長の停滞,国有企業改革の遅れと労働分配率の低迷と消費停滞,潜在的不良債権など,大きな問題を抱えている。特に急激な資本流出により外貨準備高が急減し始めており,つぎのリスク発現の可能性は注視し続ける必要があろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article556.html)

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