世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米の対トルコ政策,トランプの落日を反映するか
(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)
2020.12.21
アメリカ政府は14日,ロシア製地対空ミサイルS400の導入を巡り,トルコへ制裁を課すと発表した。制裁内容は,国防産業を統括する政府機関へのライセンス契約の停止,その代表の資産凍結,ビザ発給制限である。USAトゥデイは,トランプ政権は何故今までトルコへの制裁を控えていたのか不明だと論じた。トランプは昨年以来,トルコやエルドアンに対し態度を軟化させていたこともあり,政府内に高まっていた制裁を求める声が抑えつけられていたことに疑問はない。不明な点をあげるとすれば,何故今制裁に踏み切ったかである。
トランプ政権下でのトルコへの制裁は久しぶりである。2018年,ブランソン牧師拘束問題で政府高官への制裁を発動。その影響でトルコリラは大幅に下落し輸入品は高騰,トルコ経済は深刻な打撃を受けた。後に解任された安全保障部門の大統領補佐官ボルトンはブランソン解放に関して一切妥協しない姿勢を貫き,トランプ政権はトルコを追い込むべく更なる制裁案を準備していた。2019年1月には,エルドアンがユーフラテス川東岸地域への侵攻によりクルド勢力,米軍シリア駐留部隊を脅した際に,トランプはシリアのクルド人を攻撃したらトルコ経済を壊滅させると警告した。トルコはイスラム国打倒への非協力的姿勢,あろうことか支援疑惑,トルコ国有の国民銀行を通じた対イラン制裁破り事件などアメリカへの敵対行為を続けたことで,アメリカもまた徐々に反トルコ傾いていった。エルドアンは私益と公益を区別できないトランプ個人の篭絡を試みた。NBCの調査報道によれば,エルドアンに近い実業家はトランプ政権に影響力をもつロビイストを通じ,政権の政策決定に影響力を有するに至った。2019年に後半になるとロビー活動の成果が現れ始めた。トランプ政権とエルドアン政権との癒着は,トランプによるシリア駐留部隊撤退の発表,その後10月のトルコ軍による北シリア侵攻につながったとの憶測を生んだ。マティス,ボルトンといったトルコへの妥協に反対する高官は追放された。
トルコがロビー活動に心血を注いだトランプの天下は長く続かず,11月の米大統領選挙で敗北。日本やイラクのクルディスタン地域政府首脳が即座にバイデンへ祝辞を送ったのと異なり,エルドアンは当選三日後に祝辞を送った。選挙に勝利したバイデンは,今回の制裁発表と時を同じくした14日,選挙人投票により次期大統領になることが確定した。トランプはこの期に及んでも選挙不正についてツイートの投稿を続け,バイデンの大統領就任阻止を諦めていないとみられるが,アメリカは政権移行期に入っている。トランプ党へ変質したとも揶揄される共和党内にも変化の兆しがみられる。トランプに近い上院の共和党マコネル院内総務はバイデンへの祝辞を送った。今回の制裁はアメリカの本格的な反トルコ政策開始の兆候とみなすことができる。バイデン−ハリスは,国内のムスリム・マイノリティへの理解はあれど,オバマ−クリントンのように国外のイスラム勢力に妥協的ではない。アメリカは制裁後もトルコとの関係改善を諦めていないと報じられる。エルドアン政権は求心力維持のため,周辺国への侵略的政策を撤回しアメリカ,EUとの対決姿勢を改める公算は低い。トランプの落日がアメリカのあるべき対トルコ政策を復活させたのである。
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