世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1978
世界経済評論IMPACT No.1978

ハイテク覇権国家による監視社会

岩本武和

(京都大学経済学研究科 教授)

2020.12.14

 日本では,その歴史や現在が,ほとんど知られていない中国西端に位置する新疆ウイグル自治区は,現在「ハイテク覇権国家による監視社会」の実験場になっている。

 首府は烏魯木斉(ウルムチ)市,人口2200万人の多民族国家であるが,その半分は,イスラム教徒であるウイグル族で占められている。漢族がそれに続くが,隣接するカザフスタンのカザフ族(ウィグル族と同じイスラム教徒)も140万人以上住んでいる。歴史的に,中国からの「東トルキスタン」としての独立運動(汎トルコ主義=汎テュルク主義の一環)が繰り返され,その度に弾圧が繰り返されてきた。

 2020年12月1日に発売された著書のなかで,ローマ教皇が,この自治区に住むウイグル族を「迫害されている」と言及したことは,日本でも比較的大きく報じられた。翌日12月2日に,「BS世界のドキュメンタリー」として放映された『中国デジタル統治の内側で~潜入新疆ウイグル自治区』(イギリス作品)は,2020年「国際エミー賞」最優秀時事番組の受賞作で,現地潜入取材,拘束経験者や失踪者家族の証言から,その実態を明らかにした。強い衝撃を受けた。

 新疆ウイグル自治区は,石油と天然ガスの埋蔵量が豊富で,新疆の石油と天然ガスの埋蔵量は,それぞれ中国全体の埋蔵量の約1/3を占めている。油田開発が新疆の経済発展の中心となっていて,特にパイプライン敷設や送電線建設などが活発化した。ウルムチの中心街には,中国北西部と中央アジアで最も高い中信銀行ビルをはじめとする高層ビルが建ち並んでいる。

 さらに,この数年で,ウルムチは世界のハイテク先進地域となった。中国ハイテク技術の実験場としての役割が担わされ,街中に無数の監視カメラが張り巡らされている。ほぼ200メートル毎に交番が存在し,街中にいくつもの検問所が設けられていて,漢族以外はIDカードや所持品の検閲を受けなければならい。スマホも盗聴されている。ウィグル族は,中国ハイテク技術を発展するために欠かせない実験動物であり,彼らの日常は無数の監視カメラとIDカードによって情報として蓄積(ビッグデータ)され,ウイグル人居住地は,巨大な実験場と化している。

 2009年,2名のウイグル族が殺された事件をきっかけにウルムチでは抗議デモが発生,それが大規模な暴動に拡大した。2017年,中国の西部で突然の行方不明者が相次ぎ,100万人以上が「収容所」に拘束されたという。こうした中国政府のウィグル族への締め付けや,住民を拘束し,中国政府が「職業技能教育訓練センター」と呼ぶ収容施設で,厳しい規律のもと,徹底した思想教育が行われていると国際社会から批判を浴びている。

 ウィグル文化が色濃く残るとされるカシュガルでも,伝統的な住宅が破壊され,中国の近代的な集合住宅が建設されている。モスクの破壊も著しい。学校でも,伝統的な文化や言語が教えられなくなり,著しい中国化が進んでいる。

 新疆ウィグル自治区に集まって,政府の監視システムを請け負う民間のハイテク企業は,かのHUAWEIをはじめ,1400社近くに及ぶ。そこで開発された統治システムが,世界に輸出されるとしたら,自由や民主主義が大きな打撃を受けることになると懸念する研究者は多い。

 ただし,ここで忘れてはならないことは,中国がウィグル族を監視し,収容所に収監されていることは,人工衛星が中国を監視して分かったという「二重の監視システム」があるということだ。

 こういう場面に遭遇したとき,必ず引用されるジョージ・オーウェルの『動物農場』(1945年刊行)や『1984年』(1949年刊行)は,全体主義国家によって統治された監視社会の恐怖を描いたものだ。われわれの属する組織は,ある時点から,「ガラス張り」の「透明性」を高めることによって,社会的評価を受けやすいように努めてきたし,コロナ渦でもウェブ会議やウェブ飲み会によって情報技術の恩恵を受けてきた。携帯電話のGPS機能によって,どの地域へ人が集まっているかがすぐに分かるメリットは大きいが,携帯電話は個人が特定できるので,あまり知られたくない所へ出没している人には迷惑な話だろう。

 このような監視社会は,ポストコロナ社会においては,ローテク国家と嘆かれる日本でも確実に拡大するはずである。「社長,会社の見える化しませんか?」「全てのパソコンの稼働状況が一覧でき,社員の働き方が変わっても,労働状況を見守るために,見える化が働き方を支えてくれるのです」。これは,あるソフトウェア会社のCMの一コマである。会社のモニター画面には,テレワークをしている個人の家庭まで写し出され,驚愕する。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1978.html)

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