世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1948
世界経済評論IMPACT No.1948

アメリカは民主主義の国?

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 教授)

2020.11.23

 今回のコラムで標記のテーマを選んだのは,先ごろ繰り広げられた米国大統領選挙がもたらした諸影響がなにかと気になるからだ。

 アメリカ合衆国といえば,かなり民主主義が成熟した国という先入観が強かった。かつてフランス人貴族トクヴィルが『アメリカのデモクラシー』(1835)のなかで,北部と南部で心性が異なることを述べていた。かれによれば,北部ではプロテスタンティズムに彩られた進取の精神が横溢しているが,南部には中南米に顕著だった奴隷制が根強く残っていた。ふたつの心性は南北戦争(1860-65)によって衝突し,北部が南部に勝利した。結果的に奴隷制は廃止されたのだが,あくまでそれは形式上のことであった。黒人に対する差別意識は残り続け,それが解消されるには,20世紀のキング牧師の出現まで待たねばならなかった。かくして1960年代になってはじめて,黒人の公民権が獲得されたのだった。ところが今回の選挙騒動から垣間見えたことのひとつが,この人種問題にほかならない。ニュースにたびたび登場してくる白人警官だけでなく多くの白人は,黒人に対する差別意識を蔵していることがわかるのである。

 銃規制がなかなか進まないのも深刻な問題のひとつである。この国では銃乱射があちこちで見受けられ,多くの犠牲者を出している。そのたびに銃規制の必要性が叫ばれるが,いつのまにかなんら変化することはなく以前のままだ。よくいわれる既得権益のライフル協会の政治的影響力が強いのかもしれない。トランプ前大統領はむしろ銃は積極的に使った方がよいという考えであり,規制には消極的だった。この国はもともと,イギリス人入植者たちが17世紀初頭にジェームズタウン植民地をつくったことに端を発している。やがて銃を使って先住民を追い立てていった。かくしてこの国の形成過程には,銃がかならず付随していたということなのだ。いつまでもそのような桎梏から抜けられないのだろうか。

 医療保険の制度化の問題もある。これについてはオバマケアの制度化へ向けての試みが見られたが,結果は失敗に帰した。ましてや前大統領のトランプは,その試みを積極的に踏み倒してしまう。ふつう先進国であればあたりまえのこととして具備しておくべき制度のはずだが,この国ではおざなりのままなのだ。

 この国では以上の三つのことがらが依然として解消されない状態にあり,それに加えて社会的格差がいよいよ深刻化しようとしている。経済格差が最もわかりやすいが,すでにそれも大きな政治問題になっている。1%の富裕者に対して,99%の貧困者の存在というかたちで語られることが多いけれど,そのような現象の根底には上に掲げた諸矛盾があるのはたしかなことなのだ。たしかにこの国では各種の自由は担保されているといえるだろうが,ほんらいの民主主義とはほど遠いように見える。

 民主主義の対極に権威主義がある。前述のような事情を抱えた国が中国やロシアなどの権威主義の国を酷評するのは,きわめて滑稽なことではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1948.html)

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