世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1921
世界経済評論IMPACT No.1921

コロナ危機と新たな生活様式の哲学的考察

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2020.10.26

矛盾する2つの時間の流れ

 新型コロナ感染パンミックは世界人口の約3分の1のひとびとを都市封鎖によって隔離した。このことが社会階層,隣人関係,住宅空間に大きな影響を与えたと人類学者のローザンヌ大学パリーズ教授は指摘する。各個人の社会関係の繋がりを,まず第1に階層格差によってエッセンシャル・ワーカーとして労働を余儀なくされたひとと,都会を脱出したひととの間の明白な社会的な分裂,また第2に同時に都市封鎖の自宅隔離生活の後に予想されるベビーブーム,離婚や別離,自殺,暴力,躁鬱などの現象をどう対処していけばいいのか。

 この新たな日常はこのネオリベラルな環境のみならず,コロナによる社会心理的メカニズムの影響に大きく左右されている。ジャン・デルモ(Jean Delumeau)は近著「西欧の恐怖」(La peur de l’Occident)のなかで個人がコロナ疫病と向き合う関係を規定する9段階プロセスを挙げている。

 この9段階とはリスクや不安と向き合うことと,その感情の高ぶりという二重の心理状態に対応している。ひとつは緊急で瞬時の時間で学校や商店の閉鎖,テレワーク,外出時の手続き,コロナ対策の消毒衛生などの情報や勧告への有無を言わさない瞬時の対応,もうひとつは生活スタイルにおける時間の長さと遅延で,毎日の労働や余暇活動の縮小と同時に,逆に料理,熟慮,庭いじり,などのように長くなった時間をどのように費やすかという時間の2重のジレンマに直面している。このような時間管理や日常の仕事などをどう考えるかは家族構成や職業の性格によって左右される。

自宅隔離は新たな生活様式の儀式

 集団的な無意識として定着してきた日常的ルティーンやその社会的な規範は新たなルールに対応して既存の自己自身の心の秩序を不安定にする。個人にとりこのような精神的な行動の変化は衝撃的である。依然のちょっとしたジェスチャーでさえももう許されなくなり,新たなルールに仕切られている。それは社会規範や手洗いとか挨拶の仕方のような日常的な習慣などについて制限を課す現実,各個人が実行に移さなければならない心の内面的行動の変化である。

 このように強制的かつ日常的な習慣に変更を強要することは日常の確実性を揺さぶり,ついには日常の破壊と結びつく。隔離は以前の世界と以後の世界の間の通過の儀式とみなされるようになる。新たな挨拶の仕方は礼儀作法の修正にとどまるであろうが,新旧の習慣と儀礼の断絶を意味する。フランスの哲学者アンリ・ベルグソンはつぎのように述べたではないか。「過ぎ去る時間は相対的な認知である。多くのひとは隔離の終わるのを喜びの助けとしてヨハネ8章32節のイエスが知らせたもうたような焦燥にかられるのである」と。

新たな集団的な物語の始まり

 コロナ感染に関連するひとびとの接触の度合いが,隔離の日常,消費行動,架空の世界を規定しようとしている。パリーズ教授は4つの巣ごもり消費トレンドが観察されるとする。

  • ① 座礁派(34%):家から外出せず介護を要するひと
  • ② 中間派(46%):テレワーク,頻繁な外出,隔離を特権のときとみなすひと
  • ③ エッセンシャル・ワーカー派(12%):職業に対する精神的負担増大,生活条件の悪化
  • ④ 流浪派(8%):通常の生活とは違う隔離場所,仲間内サークルの推進

 人と人の物理的距離,プロキシミティ(proxemity)は米国の人類学者エドワール・ホールが世界の異文化コミュニケーション論において展開した概念でもある。消費行動の点では隔離の最初の段階から感染を意識,外出の目的は80%が買い物であった。そこではアンビバレントな感情,すなわち外の空気を吸う必要性と感染の空気を吸うかもしれないという恐れ,それと以前の生活を維持する3つの必要性の感覚が同居している。日常生活の活動の新たなルティーンにスタートを切らなければならない。家事,スポーツ,読書,執筆,遊び,デジタル通信,新たな儀礼(アペロ,フェイスブック,コンサート)など,すべてである。

 なんと94%のひとびとは隔離を悪くなかったと評価しているが,42%以上のひとはこの危機がわれわれの社会モデルの終焉(38%),あるいは文明の最初の崩壊(38%)を意味し,危機の後もその生活に変えざるを得ないとしている。コロナ危機はわれわれのライフスタイル,家庭,都市の光景,世界のあり方に再考を迫り,他の可能な未来に賭けるために果たしてどのように不確実性を問いかけるのかどうか,私たちの能力を試してとしているのである。フランスの社会思想家エドガー・モラン(Edgar Morin)が私たちに問いかけているのは,移動する自由の制限,連帯が欠如するなかでの個人主義,あるいはひととひととの絆と移動自由の間の割れ目,というような痛々しい課題にどう取り組んでいくのかという問いかけである。

 暫定的な時間とみられる隔離のときはむしろ現実の生存に意味を与えるための新たな集団的な物語を始めるためのまたとないきっかけとする考えがここに表明された。

[参考文献]
  • Le confinement, une transition vers de nouveaux modes de vie ? April 3, 2020 5.43am AEDT
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1921.html)

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