世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
歴史に学ばない日本
(エアノス・ジャパン 代表取締役)
2020.09.21
賢者は歴史に学ぶ
「愚者は経験から学び,賢者は歴史に学ぶ」。これはビスマルクの言った言葉である。人類は,歴史から,失敗から学び,前進し,発展してきた。犬や猿でも学習し,条件反射的に行動する。犬は,その臭覚で学習して,癌患者の吐息で癌を判定したり,人間の麻薬や拳銃を見つけ出す。しかし犬や猿は歴史から学び,自分たちの新しい行動をすることはできないようだ。歴史から学ぶのは万物の霊長たる人間だけである。人間社会は「不易流行」で歴史の中では,変わらないもの,繰り返すもの,変わるものがある。その歴史から人間の進む道が示され,人間社会は進化する。
しかし最近の日本人はそうではなくなった。日本人は,過去の歴史や,失敗から学ばず,自分の経験だけを頼りに,反射神経的に動き,そのために間違った方向に走ってしまう。最近の日本人は,今だけ,自分だけ,カネだけという「餌」で動いている。コロナ・パンデミックにたいしても国全体として右往左往している。
坂野常善海軍中将の手記
昭和20年春,坂野常善海軍中将は,遺稿として『大東亜戦争の教訓』という手記を毛筆で和紙57枚にしたため,それが坂野家に残されていた(坂野常善中将のご子息の故坂野常和氏は元大蔵省証券局長で,退官後日本化薬の社長を務められた)。日本の敗色が濃くなってきた時とはいえ,アメリカと徹底戦うべしの空気が圧倒的であった時期である。この手記の内容は,この大東亜戦争に突入したことは間違いであり,特に陸軍を中心とするいわゆる革新派の思想と行動がいかに間違いであったものであったかを,坂野中将の見聞した事実をもとに記されたものである。坂野中将は,米内光政,山本五十六と親しい間柄であったが,日米開戦反対派として開戦派の標的になって追い込まれ,ついに退役させられ,予備役にさせられた。遺稿には,坂野氏の日本海軍の将校としての「良心」が籠っている。
坂野中将は,日本が12月8日に英米に対して宣戦布告をした原因は「全体主義に心酔しドイツ終局の戦捷を過信しイタリアの宣戦と類似せる信念の下に開戦せること。言論思想の圧迫により強制的に与論を統一し挙国軍国主義全体主義の渦中投ぜしめたること。我軍の精神力を過重視し従って米英の物量を軽視したること」であるとしている。
「膨大なる資源と工業力を有する米国に対しては緒戦の一撃位では中々ものにならぬのみならず『真珠湾を記憶せよ』との標語のもとに挙国的敵愾心は卒如として起こり真に一億一心戦備の促進に邁進したのである」
「技術の拙劣が作戦に影響を与へたる23顕著なる実例を挙げて見れば米軍が機械力を主用し数日を出ずして飛行場を新設するに一驚し開戦一両年後に漸く米機を模造したるが如き又電気兵器に於いては特に彼我雲泥の差あり,米航空機関係の電波兵器の優秀なることは餘にも有名であるが我潜水艦は潜没中に於いても敵に探知せられ近接至難となり有勢なる敵兵力漸減作戦に大いなる齟齬を生じたること等である」「戦用に必要なる資源は極めて貧弱にして重要物資の産出額は米国に比し概略十分の一乃至二十分の一見当にして米国の経済断交には利害を度外視した資材工作機械等の輸入に日も尚足らざる状況であった。如斯資源の貧弱に加え軍需品の生産に関しては基礎的工業から問題にならぬ程幼稚にして元々我工業力は陸海軍目的の大作戦を補い得ず,大部分の民間工場は陸海軍が二分して軍需品の製作に当たらしめる状況で一層非能率的であった」
「蓄積した軍需品で現時の大戦争を賄うことは頗る困難にして不知不識の間に予想外に『ストック』は激減すること恰も収入無き人が少額の手持ち現金で贅澤なる生活を営むが如くで持久出来る道理がない。要するになす可からざる戦争を開始した大錯誤に起因する。孫子曰く『敵を知り己を知るものは百戦殆うからず』と」
「但し機械力に依ってのみ米兵が強いのでは無く彼等は日本兵が日本魂を有すると同様アメリカ魂を持っている。前大戦時に於いても欧州戦場に於いて米兵は『スポーツ』気分を発揮して勇敢に戦った」
「軍人が政治に関与した興味は到底忘却し得ざる愉快を感じたに相違ない。彼等の本分たる作戦用兵や実際に軍隊の教育訓練を施行すること等は一度政治関与の味を覚えた者に取っては頗る無味乾燥である。軍人も政治をやる以上経済知識が必要であるとて諸方に師を求めて経済の『ドロ』縄的勉強を始めた実例はこの辺の事情を窺知するに足る」
「過去十数年に亘る危険なる策動,扇動者の行為は憎んでも尚餘りあるが彼等の主義に付和雷同した社会各層の実情に想到せば観念論や浅薄なる道議論を無批判に或いは言葉の上の感傷のみにて鵜飲にした如き国民の低能,特に政治知識の缺如,又国民道義の堕落,信念に邁進すべき勇気の不足等に帰納し得ると考えられる。国民教育の根本を建直し将来再び斯る魔病の感染せざる様健全なる身体を養成せざる可からず。自力に依って矯正不可能で終に絶望に直面せる此の錯誤が米国によって是正せらるものと諦めなば敗戦必ずしも悲歎すべきにあらず」
最後に「戦後残存する同胞は充分過去の実情を直視し,最大の勇猛心を発揮し,幾多の艱苦を突破して,新日本建設の道に邁進せんことを切望して已まず」と言い,坂野中将は,これまでの歴史から学べと言い残された。
坂野中将は,米駐在武官としてアメリカにも住み,世界の情勢を見守り,アメリカの実力も十分知っており,アメリカとの戦争に反対していた。日本陸軍の膨大な謀略の機密費が軍紀を紊乱し,国民の道義心を低下させ,国を誤らせたと言っている。しかしこの手記から,その当時もアメリカや日本に対する共産主義コミンテルの扇動者が動いていたことが窺える。今日でもこの工作員による扇動の動きは我々の中で渦巻いている。
陸軍と海軍が異なったことを主張していたが,海軍の中にも過激派がおり,これがコミンテルの仕業かどうかはわからないが,陸軍も東条総理も考えていなかった真珠湾攻撃に突っ走った。天皇もこれを押さえることができなかった。石原莞爾は,「不拡大・平和」を主張していたが,意見が通らず,陸軍を去り,故郷の山形に引っ込んだ。
坂野中将の言うように,日本は国としての参謀本部が機能していなく,統帥権が無くなり,バラバラで動いており,結果的には国として勝てる国家戦略とシナリオが無かったということかもしれない。坂野中将は遺言として,日本国民全体が,いろいろの扇動者に振り回されないで,自分の頭で歴史から良く学び,しっかりした信念と勇気を持って,日本の発展に努力してほしいことを切に願われた。坂野中将は,アメリカが日本の「錯誤」を是正してくれるであろうと考えられていたが,戦後アメリカのGHQは日本人を弱体化させてしまった。
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