世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ソ連崩壊と北朝鮮:その現在的意味
(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2020.09.14
社会主義国の消滅は北朝鮮に深刻な経済危機を引き起こした。もともと北朝鮮は「自立的民族経済」の原則に基づき,社会主義国際分業には消極的な姿勢を示し,コメコン(経済相互援助会議)にも加盟していなかったが,対外貿易に関しては建国以来,一貫してソ連に大きく依存していた。しかし,ソ連解体の影響によって北朝鮮の貿易は大打撃を受けた。1990年に貿易総額の55.7%(25.7億ドル)を占めていた対ソ貿易は,援助やバーター取引,友好価格からハードカレンシー決済,国際価格へ転換されたことなどを受けて,1994年には同6.6%(1.4億ドル)にまで急低下した(韓国統一部)。ソ連に多くの原油と食糧を依存してきた北朝鮮は,その後,大規模自然災害(干ばつ・水害)も重なり極度のエネルギー・食糧危機に見舞われた。「主体経済」とは裏腹にソ連の経済援助に大きく依存してきた北朝鮮経済の実態がソ連崩壊によって明らかになったのである。
現在の北朝鮮の対外貿易に目を転じると,2019年の貿易総額(32.4億ドル)に占める対中貿易比率が95.3%(30.9億ドル)に上り(KOTRA『2019北朝鮮の対外貿易動向』),中国一辺倒の貿易構造を成している。かつてのソ連の役割が中国に引き継がれ,その役割が一層高まっている。特に,国連制裁の渦中,中国との経済関係は最後の「命綱」ともいえる存在と化した。
一方,こうした不均衡な貿易構造は,経済安全保障上のリスクが高いことは言うまでもない。たとえば,R.O.コヘインとJ.S.ナイは,①「ある国による他国への経済的依存が深化した結果,その他国の経済政策や経済変動の影響を受けやすくなる」(vulnerability interdependence),②「自由貿易体制のルールが維持されている間はそれが『強み』になるが,そうでない場合,その脆弱性が顕在化する」(sensitivity interdependence)と説いた(猪口孝『国際政治経済の構図』など)。もちろん北朝鮮としても対中依存の深化がもたらす否定的影響について強く認識していることは想像に難くない。
北朝鮮は2019年の憲法改正(第36条)で貿易について従来の「国家は完全な平等と互恵の原則で対外貿易を発展させる」から「国家は対外貿易で信用を守り,貿易構造を改善し,平等と互恵の原則で対外経済関係を拡大発展させる」へと条文内容を変更した。一国依存型の貿易構造から貿易の多角化への転換を企図したのである。また,北朝鮮は国家信用度が低いことから,銀行を介した信用状(L/C)取引が難しく,バーター取引(物々交換)や現金取引などの後進的な貿易方式をとっていたことが貿易拡大・多角化の障害となってきた。そのため「対外経済関係を拡大発展させる」ために「国家は対外貿易で信用を守る」ことが強調されたものとみられる。
このように北朝鮮としては,ソ連崩壊で得た教訓を今まさに学び始めているのかもしれないが,30年後の現在においては,それが積極的な平和外交の展開と大々的な対外開放路線への転換を強く求めていると筆者個人は受け止めている。
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上澤宏之
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