世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1872
世界経済評論IMPACT No.1872

新型コロナウイルス対策への日・英比較:感染拡大の原因・影響と経済支援策の的確性

藤澤武史

(関西学院大学 教授)

2020.09.07

 武漢で昨年12月末に新型コロナウイルスが発生して以来,9月3日現在,日本では感染者が69535名,死者が1334名に上る。対して,日本の人口の約54%と少ない英国では感染者が340411名,死者が41527名と格段に多い。ジョンソン首相の発令により3月23日にロックダウン(都市封鎖)へと踏み切った英国と対照的に,日本は憲法上,制約があり,緊急事態宣言にとどまっている。にも関わらず,日英間で感染者も死者も数に差が開くのはなぜか。理由はいくつかに分かれる。

 「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」で取り上げられている,「英国人の国民性,個人の自由を最大限尊重したいという保守党政権の考え」以外の理由を示す。

 最たる原因は,一部専門家の指摘に漏れず,英国でBCGの採用が途切れ,復活しなかった点に尽きる。イタリア,フランス,スペインも同様である。米国はBCGを一度も採用していない。BCGが実施されない国ほど,新型コロナウイルスの感染が進み,死亡に至りやすいのは確かである。

 第2に,英国人の感染予防策はまだまだ十分でないと見受けられる。英国でマスクの着用が義務付けられているのは列車や電車,バスといった公共交通機関と一部のスーパーマーケットに過ぎない。歩行者の中ではCOVID-19の勢いが弱まったせいか,マスクを外すか,最初から付けていない人も多い。とはいえ,3月下旬に比べれば,マスク姿を当たり前のように見かけるし,マスク販売店も急増している。手洗いと消毒も随分浸透している。ハンドジェルが駅の構内や店舗の入り口などに設けられ,利用者は少なくない。

 しかし,英国の人々は外出先から自宅等に戻り,即座に手を洗っても,うがいを行うには至っていないようだ。日本と一番違う点は,うがいの習慣が英国にはないことであろう。英国が降水量に恵まれず(ロンドンの年平均降雨量は700mlと東京都の約半分),節水を美徳とする国民性が影響しているかもしれない。水道水の使い方が日本人の意識とかけ離れているだけに,うがいによる感染予防効果が日英間で自ずと差が生じるのも無理ない。

 日常の習慣からマスク着用,手洗い,うがいを新型コロナウイルス感染症対策として定着させた日本人への評価は高い。しかし,新型コロナウイルスへの脅威を感じても,国民性や習慣の違いから,欧米人が日本人の予防策を真似るとは限らない。ほぼ単一民族国家であり,集団主義が色濃く残る日本だからこそ,政府や東京都から発動された緊急事態宣言に効果が見られた。だが,米国と同様,英国は東欧,アフリカ,インド,中国からの移民も多く住む多民族国家となり,価値観の多様化が進んでいる。米英の国民ともに国家崇拝意識は高いが,行動パターンの画一化には不向きである。コロナ感染から国民を守るには,国家権力と法律を抑止力に使うしかない。

 だが,COVID-19収束対策と経済復興政策とをバランス良く実施し得たのは,以下の根拠から,日本ではなく,英国だと判定して差し支えない。

 オックスフォード大学の“Coronavirus Government Response Tracker”によると,新型コロナ第1波(2020年2月~5月)の中で,人口100万人当たり日本での死亡者数は7.07人と至って低いが,英国のそれは約530人に上る。経済活動制限の強さ(最大値)指数では,日本の48に対して英国が77と強い。ロックダウンが実施されている点で英国が日本よりも上回る。興味深いことに,5月末の時点で英国はベルギー,スペインに次ぎ,イタリアとほぼ並ぶ第3位の死亡率を記録したにもかかわらず,英国の活動制限指数(0~100ポイント)はイタリアに比べてかなり緩い。ここで死亡率を活動制限指数で割ると,調査対象となった20ケ国中,英国が最大指数を示す。同様にして,最小値は韓国,そして中国と続き,日本が最小値グループの第3位に位置する。英国の死亡率対経済活動制限指数を日本に当てはめたら比率の計算上1.07に相当する。ただし,指数の最上限は100までとなっているため,英国との相対比では10.7が妥当視されよう。死亡率との相対比で見た場合,実質上最も緩い経済活動制限の英国に比べて日本は実質上4倍程度活動制限を厳しいとみなせる。

 日本総研調査部チーフエコノミストの枩村秀樹氏が『Viewpoint』2020年6月1日付けのNo.2020-010における新型コロナシリーズNo.28で「新型コロナ第2波にどう向き合うべきか~低い死亡率維持なら緊急事態宣言は不要」という調査リポートを出され,「第1波での新型コロナ対策は,コストに見合わない過剰対応だったと判断」という結論に同調したい。

 このようにコロナ感染者死亡率と比べて企業に強い活動制限を求めたからには,経済を犠牲にしてまでもコロナ対策に力点を置く日本政府としては企業や従業員への支援を手厚くしなければならない。ところが,その点では,英国の支援策の方が圧倒的に強力である。

 不要不急の外出禁止令に先立って英国政府が提唱した経済支援策の中で,事業停止に伴う従業員の解雇を未然に防ぐよう意図した「雇用維持スキーム」が一番目を引く。企業が従業員(フルタイム,パートタイム,派遣社員を含む)の雇用を維持し,自宅待機(一時解雇)とした場合,その従業員の給与の最大80%(月額で最大2500£)を政府が肩代わりする。この制度に関して,リシ・スーナック財務相は5月12日,新型コロナウイルス感染拡大の影響で一時帰休となった従業員の給与80%を給付する企業支援策の適用を,6月末から10月末まで4カ月間延長すると発表した(「新型コロナ対策の給与8割給付制度、10月末まで再度延長(英国)」)。

 英国が従業員への手厚い給与支援政策を早期に導入し,追加実施できるのも,労働組合が伝統的に強い交渉力を持つという面も関係するが,何よりも国家の財政基盤が日本と違って強固なのが大きい。国家財政の健全性を評価するため,両国の対GDP債務残高比率を比較するとしよう。2018年度も日本は世界ワーストを更新し237.13%,英国は第29位で86.82%と桁違いに英国財政の健全性が際立つ。法人税率は英国が19%と日本の23.2%より低い。消費税率では,英国が付加価値税率20%と,日本の消費税率の2倍と高い。2017年度における消費課税の税収構成比は調査対象36ケ国中,英国が第19位,日本が第35位。個人所得課税構成比は,英国が第11位,日本が第23位。法人所得課税構成比は,英国が第18位,日本は第9位。(税収構成比は,ここを参照)。日本政府による企業,従業員,家計への経済支援政策は英国のそれと比べてGDPの割に十分とは言えない。新型コロナ感染者数が圧倒的に少ないからという理由だけでは見過ごせない程,どの経済主体も疲弊している。まさに万年化した税収不足が思い切った経済回復政策へと舵取りするのを妨げている。

 2018年の1人当たりGDPは日本が39,087US$で世界第33位,英国が42,889US$で第30位に位置する。付加価値税率では英国が20%と日本の消費税率の2倍に相当するため,生活の豊かさ感覚はほぼ等しい。従業員は職場復帰後,蓄積したスキルを安心して発揮できるから,給与保障付きの英国式支援策は理に叶う。年齢,職業を問わず,1人一律10万円給付という日本政府が採択に迷った特別定額給付金よりも,英国式なら財市場と金融市場における貨幣の流通速度と回転速度を高め,実物経済の再生と雇用市場の息吹を素早くリンクさせる。その他,壊滅的な損傷を受けたホスピタリティ・小売り業界向けの事業税免除を迷いなく決めたのも,タイミングが良い。移動の制限と滞在の不安を同胞したホスピタリティ業界には,事業税免除期限内に「日常から逸脱した空間」といった新ビジネスモデルの策定が待たれる。

 巨大な支援策の早期実現に,国家の財政基盤が先決となる。そこで,日英の対GDP債務残高比率を援用する。2018年度も日本は世界ワーストを更新し237.13%,英国は第29位で86.82%と段違いの差を誇示。それでも日本は債務残高を気にかけず,救済支援を国債の発行に頼るしかない。企業,個人事業経営者とも減収減益,純利益の赤字に見舞われ,個人所得の目減りも著しく,税収不足を万年余儀なくされるからだ。政府は赤字国債を発行してまでも投資資金を蓄え,事業に注入し,企業に貸し付けて経済回復を図る傍ら,財源確保に向け,国内消費税率を英国の付加価値税率20%に匹敵するよう改定も急がなくてはならないであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1872.html)

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