世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1794
世界経済評論IMPACT No.1794

蝗害の社会経済的インパクトとその研究の重要性

高橋 塁

(東海大学政治経済学部 准教授)

2020.06.29

COVID-19パンデミック下で進む自然の脅威

 2020年も早半年が経過したが,COVID-19パンデミックによる被害は未だに北南米を中心に広まっている。他方,昨年末から未曽有のウイルス禍とは別に二つの大きな自然の脅威が現われた。一つはベトナムのメコンデルタで昨年11月頃から続く塩害と干ばつであり,これはこの100年で最悪とまでいわれている。もう一つはアフリカ東部から中東,南アジアへと広がるサバクトビバッタ(Desert locust)の大規模な移動と農作物の食害いわゆる蝗害(Locust plague)である。この二つは自然環境の問題であること以外にも共通の特徴をもつ問題である。例えば,メコンデルタの干ばつはメコン河が国際河川であることもあり,中国,ミャンマー,タイ,ラオス,カンボジアを交えた問題となっているし,アフリカ東部発の蝗害は既に多くの国で被害がでているため,双方とも国を超えて解決が求められる国際問題となっている。また二つの問題とも低所得国,中所得国が影響を受けている問題であり,さらに穀物生産に大きな影響を与えることから発展途上国の食糧安全保障を揺るがしかねない。COVID-19パンデミック下で様々な活動に制限がかかる中,こうした問題が悪化するリスクは高まっており,対応に急を要することは明らかである。

 本コラムではこうした脅威における社会科学分野の研究の役割と難しさについて私見を述べる。ただし上記二つの問題を同時に扱うことはできないため,メコンデルタの干ばつ問題については稿を改め論じることにして,今回は東アフリカ発の蝗害に議論を絞り,まとめていきたい。

蝗害と人間の関わり

 人間と蝗害との関係は古い歴史をもつ。日本でも蝗害が江戸時代の享保の大飢饉を起こした原因としてよくあがるが,これは稲の害虫であるウンカ(トビイロウンカ: Brown planthopper)の害をさすことが多い。アフリカの蝗害はサバクトビバッタによるもので,個体はウンカよりも格段に大きく,群の量も被害拡散のスピードも速い。

 サバクトビバッタは生育環境により相変異を起こすことが知られている。乾燥地帯に大雨が降ると草地も多くなりバッタが急速に増加する。草地が枯れ始めると残った草地に周囲から大量のバッタが集まり密集するようになる。そうなるとバッタは体色,性質に変化が生じ,成虫は大きな翅をもって集団で飛行するようになる(swarm)。若虫はbandと呼ばれる大きな帯を形成するような形で地上を移動する。この群れが移動の先々で農作物を食い荒らすのである。とりわけサバクトビバッタが移動する範囲には低所得国が多く,食糧を輸入に依存する国も多い。ゆえに食糧安全保障上の脅威となることから現在はFAOがバッタの移動を監視し,その把握と抑制に多くの費用と時間を払っている(参考資料[1][2])。

蝗害の社会経済的インパクトと研究の難しさ

 私は自身の研究との関連から自然災害の社会経済的インパクト(例えば貧困や格差への長短期の影響,コミュニティの変容など)について興味をもっていたが,蝗害については社会科学分野の研究に出会うことがなかった。最近知ったLinnrosの研究でも蝗害の社会経済的帰結を実証した研究はほとんどないとされている(参考資料[3])。

 この背景にはLinnrosが指摘するようにデータ収集の難しさがあると考えられる。FAOは蝗害のデータを収集する主要組織であるが,作物被害のデータは収集していない。他の疾病や自然災害による影響と区別して収集することが困難なためである。またバッタは1時間に16~19kmのスピードで移動し,1日に5~130kmと長距離かつ移動距離に幅があるためバッタ到達の予測が難しい。それゆえFAOはスマートフォンとGPSを用いた最新IT技術を駆使してデータ収集に努めている(前出[1])。

 だが社会科学分野の研究は国際的な協調と協力,学際的,国際的な共同研究促進にも重要である。主たる被害地域であるサブ・サハラアフリカはただでさえ小国が多く問題が顕在化しにくいことに加え,社会経済的なエビデンスが不足しているがゆえの政策判断のとりにくさ,それゆえの国際間の政治的利害調整の難しさなどが考えられる。

 さらに今回多くの低所得国が被災した蝗害は現時点のみならず世代を通じた貧困につながりうる。Linnrosは蝗害が多いと栄養状態の悪化から子供の身長は低くなり,農村家計の健康状態も悪化することを明らかにした。健康は人的資本の形成に影響を与え,世代間で貧困と格差が継続する要因となるため解決は必須である。ゆえに,こうした社会科学的エビデンスの積み重ねが求められる。蝗害の社会経済的インパクトを適切に評価し,エビデンスを積み重ねる努力と体制づくりが今こそ必要となっている。

[参考資料]
  • [1]FAO Locust Watch http://www.fao.org/ag/locusts/en/info/info/index.html(2020年6月21日閲覧)
  • [2]FAO (2020) Desert Locust Bulletin. No.500, 4 June.
  • [3]Linnros, Evelina (2017) “Plant Pests and Child Health: Evidence from Locust Infestations in West Africa.” EBA Working Paper, September, 2017, Expert Group for Aid Studies, Sweden.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1794.html)

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