世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
経済成長の手立てはどこにあるのか
(獨協大学経済学部 教授)
2020.05.11
災いは重なってくるものだと言われるように,米中貿易戦争に続き,新年早々,中国は新型コロナウイルスに襲われ,ウイルス感染は全国に広がり,経済は大きな打撃を受けた。今年第1四半期のGDP成長率は去年同期比でマイナス6.8%,前期比はマイナス9.8%を記録した。1992年四半期GDPデータが公表されてから初めてのマイナスである。「SARS」が広がった2003年第2四半期にもプラス9.1%,リーマンショック後の2009年第1四半期にもプラス6.4%であったので,今回のショックの深刻さは想像できるであろう。GDPの統計方法とは違うが,中国経済を判断するのに非常に重要な消費財小売り額,農家を除く固定資産投資額と輸出入額もそれぞれ78,580億元,84,145億元と65,740億元で,去年同期比で19%,16.1%と6.4%の下落となった。
新型コロナウイルス感染症拡大抑止が一段落した今,如何に経済成長を回復させるのかは経済成長が政治化する中国にとって,とりわけ重要な課題である。延期した全人代の開催を今月22日に急ぐのもこのためである。
どうやって経済成長の回復を図っていくのであろうか。需要から経済政策を考えてみよう。
まずは家計消費である。消費財小売り額は急減したが,家計消費の減少はさほどではない。第1四半期,一人当たりの消費額は5,082元で,去年同期(5,538元)よりの減少は8.2%に止まった。家計消費と関連するのは可処分所得である。同期,一人当たりの可処分所得は8,561元で,去年同期(8,493元)よりわずかながら,プラスである。感染症の拡大に対して,政府の強いリーダシップでロックダウン政策を実行しながら,おそらく給料の支払いなどを保証して可処分所得を確保したと思われるが,いつまでこの所得を確保できるかがこれからの個人消費を握るカギだと思う。人の移動制限はほぼ解除され,“復工”(企業活動再開)も進められ,一定規模以上企業の“復工”割合は9割に達したと言われているが,一定規模以下企業の“復工”はどうであろうか。世界中はまだ感染症拡大抑止に追い込まれている現在,既に世界経済にビルトインされた中国企業の“復工”の現実は疑問視されている。国家統計局の幹部も“復工”はできても“達産”(生産目標の達成)はできていない,稼働率は非常に低い現状だと承認している。
次は輸出入である。前年同期比で輸入(32,377億元)はわずか0.7%の減少に対して,輸出(33,363億元)は11.4%も減少した。この結果,貿易黒字は80.6%の下落で,去年の5,298.4億元から986億元まで転落した。中国国内と海外との感染症拡大の時期のずれを考えれば,第2四半期以降の輸出入状況も楽観できないかと思われる。このように,対米貿易戦争と世界的感染症拡大のダブルパンチを食らった輸出入はしばらく期待できそうもないのであろう。
最後は投資である。第1四半期,農家を除く固定資産投資額は16.1%減少したが,月別に見てみると,1−2月の前年比は24.5%も減少したことが分かる。つまり,3月の減少幅が縮小した。その背後には新型コロナウイルス感染症拡大抑止の兆しが見えた3月から投資が再開したと同時に,各地方政府は経済復興の投資計画を作り出し,経済復興の準備を始めた。その投資規模はなんとリーマンショック後の10倍である40兆元を超えたそうである。当然この投資計画は1年で完成するものではない。
投資拡大の動きは金融財政両方から中央政府の支持を得たようである。
中国人民銀行は1月6日,3月16日,4月15日と5月15日,連続して法定預金準備率を引下げたほかに,政策金利であるMLFの入札金利を引下げ,大規模な買いオペも実施し,市場に流動性の供給を確保した。
財政も動き出した。新型コロナウイルス感染症により,全人代の開催が延期されたため,今年の財政政策はまだ不明であるが,いくつかの手がかりからその様子が伺えるのではないかと思う。
その一つは,1998年,2007年に続いて特別国債を発行することは既に政策担当者の間で取り沙汰されている。その発行規模は1兆元以上になる。
その二は地方特別建設債事前発行許可である。中国の地方債は基本的に普通債と特別建設債の2種類がある。収益が生じる事業の資金調達のために発行するのは地方特別建設債である。地方債であるが,財政省の許可が必要なので,全人代の認可を得なければならない。全人代の認可を得てから実施すると,時間が間に合わないから,全人代の認可を得る前に,財政省が発行額の6割まで事前許可することができる。これまで許可された2020年度地方特別建設債の発行額は既に2.29兆元に上り,全部インフラ投資に指定された。この許可額から逆算して今年の発行額は3.8167兆元になり,2019年の21,487億元より16,680億元増加することになる。
このように,投資拡大は万能薬として再び選ばれたようである。対米貿易戦争と世界的感染症拡大のダブルパンチに対する唯一の選択かもしれないが,課題も多いことは間違いないのである。
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