世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
コロナ禍以降のグローバル政治・経済
(兵庫県立大学 名誉教授・大阪商業大学 名誉教授)
2020.05.11
14世紀のペスト禍も第一波よりも第二波の方が酷かった。おそらく今回の新型コロナウイルスも11月以降と予想される第二波の方が危険かもしれない。第二波が起こるとしたら,それはどこで起こり,世界の政治・経済にどのような影響を及ぼすだろうか。筆者は,第二波が起こる危険性が高い国は中国だと思う。今度は武漢ではなく,もっと西の方かもしれない。最も危険度が高いのは新疆ウイグル自治区である。ここには,イスラム系の人々を収容する施設があり,コロナの温床となる「三密」がある。すでに4月時点で,ハルビンで集団感染が始まっている。中国共産党が新疆ウイグル地区での「思想改造所」の扱いを誤ると,世界中を敵に回すことになる。
それでなくても,欧米は「武漢肺炎」に対する中国政府の初期対応の失敗(情報の隠蔽)に批判を強め,損害賠償請求に発展している。もしこれに,新疆ウイグル地区での「人権弾圧」の疑惑が加われば,中国政府(共産党)への国際世論の圧力は桁違いに強くなる。アメリカ政府とイスラム原理主義者が手を結び,東西から圧力を加える展開も考えられる。その布石として,アメリカはすでにアフガニスタンのタリバン勢力と手打ちし,撤退を開始している。シェールオイルの生産でエネルギーの自給を達成したアメリカにとって,中東の石油産出国をイスラム原理主義者の攻撃から守る必要性は薄れている。アメリカにとって,イスラム原理主義者は「昨日の敵は今日の友」である。彼等の矛先をアメリカではなく,中国に向けさせる契機があるとすれば,新疆ウイグル地区の「イスラム教改宗センター」がターゲットとなるだろう。イスラム教徒の怒りにアメリカが支援を提供すれば,中国共産党は四面楚歌に陥る。イスラム教徒の爆発をいかに回避するかが,習近平政権の最大の課題となるだろう。
コロナウイルスの第二波の危惧は,外国資本の中国撤退を加速させるだろう。中国に組立加工工程を置いている多国籍企業は,中国の輸出入機能の目詰まりと,将来的にそれが改善される可能性が見通せない状況(米中貿易戦争)では,製造拠点を国外に脱出せざるを得ない。また,原産地証明の厳格化によって,中国由来の原材料を一定比率以上使用する企業には高率の関税が課せられるようになるだろう。また,アメリカ政府や日本政府による自国企業(資本)の本国回帰の働きかけも心理的効果としては大きい。とりわけ,技術集約型の製造拠点は,本国の研究開発拠点に近接し,リスク管理がしやすい場所(自国)に移動する方が国際競争に有利になる。台湾に例を見るまでもなく,中国共産党の影響力から遠ざかることがコロナウイルスばかりでなく,政治リスクを避ける上で有効な戦略となる。
同様のことは中国の民営企業にも当てはまる。海外から部品・原材料を輸入し,完成品を先進国に輸出する中国の加工企業も,同様の事態に直面する。コロナ第二波の危惧を契機に,G7先進国の中国に対する事実上のエンバーゴ(輸出入の規制ないし禁止措置)が実施されれば,中国の急激な不況によって不動産バブル崩壊が避けがたいものになる。内需型の外資系企業と中国の民営企業もまた国外に市場を求めて脱出するだろう。つまり,コロナ第二波の危惧が中国経済を空洞化させる。
この状況下で日本はどうなるだろうか。幸いなことに,日本にはTPPがある。コロナ以前ではTPPはさほど大きな成果を上げていなかったが,状況は一気に変わる。中国から脱出した製造企業の行き先はベトナムである。隣国のタイや海を超えたフィリピンやインドネシアも有力地である。ベトナムはTPPのメンバー国だが,タイ,フィリピン,インドネシア,ミャンマー,バングラディシュなどは非加盟国である。イギリスを含め,有望国をTPPに加入するよう働きかけることが,今後の日本経済外交の柱になる。広域化されたTPP圏内で自給自足体制を築くことが,今後の日本経済外交の目標になるだろう。
それでは,中国は「孤立」状態に陥らないためには何をすべきか。それは「国際協調の推進」の一語に尽きる。武漢での対応の失敗(秘密主義による情報隠蔽,初期対応の遅れ等)を認め,G7との協力を打ち出すことである。そのためには,欧米の調査団を受け入れ,コロナ発生と拡散の原因究明に協力すること。とくに,新疆ウイグル自治区での「収容所」の開示を行い,ウイグル人の健康管理・待遇改善を通じて「人権」問題を改善する。とくに,共産主義(全体主義・漢民族化)の強要を即座に停止し,文化の多様性を認め,個人の人権と思想・宗教の自由を保証しなければならない。中国政府(共産党)が新疆ウイグルの人々の思想・宗教を弾圧する限り,中国包囲網は貿易の段階から「自由」や「人権」の段階に進む。経済の段階では話し合い,譲り合いも可能だが,もはやその段階は過ぎた。中国が「思想」や「人権」の改革開放を断行しない限り,包囲網から自由になれない。問題は,習近平氏にその決断ができるかである。もしNOであるなら,中国を中心としたグローバル・サプライチェインは崩壊せざるを得ない。改革開放時のような「政治的欺瞞」や「制度的ごまかし」はもはや通用しない。その答えの一部は5月22日の全人代で示されるだろう。コロナは災厄だが天佑に変えるチャンスも,わずかながら残されている。
関連記事
安室憲一
-
New! [No.3637 2024.12.02 ]
-
[No.3548 2024.09.02 ]
-
[No.3433 2024.06.03 ]
最新のコラム
-
New! [No.3647 2024.12.02 ]
-
New! [No.3646 2024.12.02 ]
-
New! [No.3645 2024.12.02 ]
-
New! [No.3644 2024.12.02 ]
-
New! [No.3643 2024.12.02 ]