世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1661
世界経済評論IMPACT No.1661

アフリカを知る——ボツワナのこと。

久米五郎太

(城西国際大学大学院 特任教授)

2020.03.16

 「中近東・アフリカ」を昨年まで7年間教えた。教え始める前にある在京アフリカ大使に,「ヨーロッパの視点に片寄らないで,アフリカを見て欲しい」と言われていた。出来るだけアフリカの国の視点を重視し,個別の国も紹介し,日本の位置——アフリカには植民地を持たなかったが,アジアでは宗主国であった——も意識したが,十分なことができたのであろうか?

 学生はほぼ全てがネパール,ベトナム,インド,中国などからの留学生。細かな事実よりも,アフリカの地理や大きな歴史の流れ,そして経済開発の問題を扱う中で,アフリカに親近感と関心を持たせ,アジアと同様の課題を抱える国として理解させようとした。この期間は南部アフリカの人口2百万の小国,ボツワナの在京大使アドバイザーを務めていた時期ともほぼ重なっていた。

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 アフリカは広大である。全体ではなんと米・西東欧・中・印・日を合わせたよりも大きい。大陸や地域として共通点がある一方,独自の歴史や文化を有する個々の国が53あり,その事情を知ることも大切である。アルジェリア,ナイジェリア,南ア,エジプトといった大国とはこれまでも融資やビジネスで関わり,首都だけでなくプラント視察で地方に行ったこともあった。中小国ではチュニジア,コートジボワール,ガーナ,ブルキナファソ,ケニア,ルワンダそしてボツワナなどをケースのなかで取り上げた。これらの国には教えていた時期に出来るだけ訪問(半分は初訪問)し,時には学生に撮ってきた写真を見せた。コンゴや旧ポルトガル領の国は訪問できなかった。

 アフリカの歴史は極めて長い。最古の人類は東アフリカの地溝帯で生まれ,そこから中東,欧州,さらには米,中,日など世界中に広がった。アメリカではこうした人類の流れhuman migrationsを追跡し,はるか昔の出身を知れるという染色体検査のキットも販売している。しかし中国や日本では遠い先祖はアフリカ人だという学説はそのままでは受け入れられていないようだ。

 奴隷貿易,植民地時代の歴史についてはアフリカ系アメリカ人の学者による研究が進んでいる。私が卒業論文にコートジボワールのことを書いたのは,米の公民権運動と黒人文学に刺激を受けてであった。最近では,最大の奴隷貿易港があったガーナに観光旅行に来るアメリカ人が多いと聞く。欧州では,フランスは今でも植民地時代のアフリカ人の扱いを反省し,政府として謝罪し,記念碑を立てているが,イギリスなどではどうだろうか? 2月のEU・AU会議で,ミッシェルEU大統領は英離脱後のEUは27カ国のうち22カ国が植民地をもったことがないとアッピールした(正しくは6カ国,短い期間を含めると8カ国が植民地を有した)。東京で毎年開催されるアフリカ・デイのレセプションでは,在京アフリカ外交団長がヨーロッパの植民地からの独立につき長く話す。アフリカ独立の年から今年は60年だが,ここにアフリカの人たちのネーション・ビルデイングの基礎があり,依然として強い思い入れがある。アフリカ・中近東の大使が多数集まった12月のアルジェリア建国記念日のレセプションでもそうであった。

 アフリカというと,サハラ以南アフリカ(ブラック・アフリカ)をまず思い浮かべる人が多い。しかし,歴史を見ると,中東で興ったイスラム教は北アフリカで栄え,さらに西や東へと広がって王国も築いた。北アフリカのイスラム諸国だけでなく,ナイジェリアやコートジボワール,東海岸の宗教・文化そしてビジネス・政治にそうした歴史が反映している。この点も欧州中心にアフリカを見ると軽視されがちである。

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 経済の面では,天然資源,なかでも新たな開発が活況を呈する石油ガスだけでなく,古い大陸が有する様々な金属資源(銅,鉄,ボーキサイト,金,ダイヤモンド,ウラン,稀少金属,等々)のことも知る必要がある。JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)はボツワナにアフリカ事務所を置き,探査活動や技術協力を行なっている。現在ボツワナはアフリカで5番目に豊かな国(2018年の一人当たりGDPは7,859ドル)になっている。英デビアス社と共同でダイヤモンドの開発を行い,その収入を適切に使ったことが成功の要因である。ダイヤモンドが紛争に使われるのを防ぎ,Resource Curse(資源の呪い)を免れ,また贈収賄も少ない。

 しかし,この国の貧富の格差は大きく,またダイヤモンドの加工工程の現地化,観光開発などを進めているものの,百年の歴史を持つ南ア中心の関税同盟の中で経済の多様化はななかなか難しい。一時日本企業が円借款を利用した橋の建設や民活の石炭火力増設事業を準備したが,これらは実現していない。

 ボツワナの関係では,三代の在京大使や公使たちと付き合った。日本で病没したK大使と弁護士・政治家で大臣経験者だったN大使とは日本企業や地方の大学の訪問に同行した。彼らの日本への関心や時には理解不足を通じ,アフリカを知るところがあった。人間と自然・動物との共生,家族や仲間への思いやり,SADC南部アフリカ開発共同体の歴史と結束(ハバロネに本部がある)など,学ぶところも多かった。ボツワナやボツワナの人たちを通じ,アフリカのことを少し深く知れたことを嬉しく思い出す。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1661.html)

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