世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
タイ,革命前夜の新局面か:新未来党解党と学生の動き
(神奈川大学経済学部 教授)
2020.03.09
タイの新未来党は全く政治基盤をもたない新党であるが,昨年の選挙で626万票を獲得し,議員数で第3位の政党となった。しかし,同党は2月21日に憲法裁判所により解党され,同党首脳16名は10年間の公民権停止による政治活動が禁じられた。党首のタナートーンと書記長のピヤブット,党報道スポークスパーソンを担うパニカーなど現役の議員である同党の11名も国会議員を解職された。タナートーンは解党以前にメディア関連の株式所有を理由に議員資格を取り上げられており,今回の判決は「二重基準」もここまでやるかという,憲法裁判所や選挙管理委員会のやりたい放題の軍政権への忖度判決であった。憲法裁判事9名のうち解党支持が7名,2名が解党に反対であった。この判決に関する法の正当性が問われており,憲法草案を書いた教員も含むタマサート大学法学部の36名が2月24日憲法裁の判決に対し異例の抗議声明を出していることをみても,常識的な判決からの乖離は大きなものがある。
新未来党解党を契機とし,判決の翌日から学生が集会を始めた。3月初めには試験期間が迫り,コロナウィルスの危険があるにもかかわらず,想定を超えた規模で全国の大学,高校における反政府活動が日を追ってその活動を拡大している。
Flash Mobと呼ばれるこの運動は,赤シャツvs黄シャツの『2都の民主主義(田舎と都市)』(世界経済評論IMPACT,No.1308参照)の対立の図式である,農村部タクシン派と都市中間層を中心とする反タクシン派の対立構造からは根本的に異なる運動である。なぜなら,Flash Mobの学生の多くはタイ中間層の子弟であり,両親は反タクシン派である比率が高いと思われる。となれば,もし流血事件などが起き,学生に危害が及べば,この層が反軍に転じる可能性は高い。軍の独裁を支持する大きな勢力が反軍に転じることの影響は大きい。軍にとっては権力中枢から遠ざけられた1973年10月14日学生革命や1992年5月のスチンダーの首相就任による暗黒の5月事件以来の四面楚歌の危機的状況に直面する可能性がある。学生の要求を認めれば,保守派や王党派は権力基盤を喪失するので,落としどころは見えない。
反軍あるいは中立のメディアの論説をみると,声を上げ始めた若い人々の今回の運動を,タイの社会構造に変革をもたらす大いなる希望と,とらえ始めている。1976年2月凶弾に倒れ43歳の短い命を終えたブンサノーン先生の死は(パースック・ベーカー著『タイ国』の監訳者北原淳が翻訳書の627頁で彼の死に言及している),追い詰められた当時の権力者であるタイ保守層の下した結論であるが,現在のタイ保守層はDEEP STATE論の一形態として,恣意的な解釈が可能である憲法を制定し,本来の趣旨と異なる憲法裁判所を道具として使い統治している。クーデター政権が特権を維持する枠組みとして作り上げた現憲法は,改正がほとんど不可能な憲法となっている。今回の学生運動は政府の現行システムの限界を示し始めており,民主勢力と何らかの妥協を模索する状況ができつつあるようにもみえる。何とか民主化の方向へ軸が動くことを希望している。
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