世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1574
世界経済評論IMPACT No.1574

ビジネス・ラウンドテーブルの「企業統治に関する声明」を考える:日本企業に示唆するもの

川邉信雄

(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)

2019.12.16

 2019年8月,米国大企業のCEO200人ほどが参加するビジネス・ロビー団体であるビジネス・ラウンドテーブル(BRT)が,新たに「企業の目的に関する声明」を発表し,話題を呼んでいる。BRTは1972年に設立された。1978年以来,BRTは「企業統治に関する原則」を定期的に公表している。1997年からは,その基本原則は「企業は主に株主のために存在する」というものであった。

 しかし,今回の声明では,BRTの総意として,以下のように多様なステークホルダーに対してコミットすると表明している。第1は顧客に対して価値を提供するという米国の伝統をさらに発展させることである。第2は,従業員への投資で,公正な報酬の提供と重要な福利厚生を与えることである。変化へ対応するための教育・訓練などを支援し,多様性・一体性・尊厳・尊敬を醸成するとしている。第3は,サプライヤーと公正で倫理的な取引を実施し,良きパートナーとなるように尽くことである。第4は,企業活動が行なわれる地域社会を支援し,その人々を尊敬し,環境を保護することである。第5は,株主に対して長期的な価値を創造し,株主との透明で効果的なつながりをもつことである。

 このように,今回の声明では,これまでの「株主第一主義」から逸脱し,株主も多様なステークホルダーの一つとみなす「ステークホルダー主義」に舵を切った内容となっている。そのため,BRTの方向転換は,米国においては驚きをもって受け止められている。日本においても,この声明をめぐってはいろいろな議論がなされている。注目すべきものの第1は,「株主中心主義の終焉」である。第2は,本当に株主中心主義はなくなるのかというものである。過去四半世紀にわたる株主中心主義は,そんなに簡単に方向転換ができないのではないかという懐疑主義である。第3は,従業員志向が強まったことから,日本型経営の見直しではないかという議論である。

 これらの議論は,いずれも今回の声明の本質を見誤っているといえる。とういうのは,BRTが設立された目的にまで触れた議論はないからである。米国においては,1960年代および70年代において,企業活動に関する政府規制の内容が大きく変わった。それまでの規制は,ある特定の業種を対象とするものであった。1887年成立の州際通商法は鉄道を,後にはトラック運送業を対象とした。1934年の証券取引法は証券企業を対象にしていた。一部の労働関係の法律を除いて,多くの製造企業は連邦政府の規制にはあまりさらされていなかった。

 ところが,1960年代の消費者保護法,1970年代の大気汚染防止法の性格は異なっていた。これらの規制法は,ほぼすべての企業活動に関連するものであった。既存の経営者団体は規制は自由な経済活動を損なうものと一般的な反対をしたり,メンバー企業の利害を守ろうとしたりした。

 こうした対応は,一部の大企業の経営者にとっては有効なものとは思えなかった。そこで,彼らは大企業のための新たな組織としてBRTを創立したのである。BRTは,新たな規制の目指す目標を受け入れながら,政策の実質的な修正を要求する,現実的かつ地味なロビー活動により,1970年代後半までにはかなり影響力のある団体となった。その結果,BRTは規制の拡大として改革者たちが要求した消費者保護機関の設置を拒んだりした。

 1997年の声明においては,BRTは「株主優先主義」と「ステークホルダー主義」が対立するという立場はとらず,両者の関係を明らかにする必要性を示していた。しかも,取締役会の役割を明確にする以外には,明確な株主優先主義の根拠は示されていない。1997年当時は,「縁故主義」がアジア通貨危機を引き起こし,「従業員優先主義」の日本の大企業が相次いで倒産した時代あった。BRTも何らかの形で,アメリカ的な企業の存在意義と経営の在り方を模索していたのかもしれない。

 もともと,現実的な経営の問題を解決しようとするBRTが,従来の企業の社会的責任を超えて,最近の国連のSGDや投資家のESG重視など,企業の経営環境の変化を考慮して,現実の経営問題を解決するために今回の声明のなかで,ステークホルダー主義に舵を切ったとも言える。持続可能な成長は,格差,人権,環境などの問題を解決しなければ実現できないとの考え方が,若い人たちを中心に世界的に拡大している。しかも,これらの問題は資本主義と社会主義,先進国と後進国,株主重視主義対ステークホルダー主義といったイデオロギーや体制の問題では解決できない。BRTは,現実の問題を解決することによって,自らの利益を守ろうとしているとしても不思議はない。

 近年,不祥事が絶えず,成長力を失った多くの日本の大企業の経営者にとっては,自らが直面する社会の問題を本気で解決しなければ,持続的成長を実現することができないことを肝に銘ずるべきではなかろうか。BRTの「企業統治に関する声明」の示唆するところは大きい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1574.html)

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