世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日銀金融政策決定会合の「説明責任」は十分か
(国際経済政策研究協会 会長)
2026.01.12
はじめに
筆者は,「日銀,政策運営の枠組みの見直しを」と題した論考を本コラムサイト(2022年9月12日 No.2673)に発表し,経済・物価の展望に関する日本銀行の分析作業の高度化を図り,その成果を「経済・物価情勢の展望」レポートなどを通じて国民に開示することが望ましいと論じた。本稿では論点を転じ,日本銀行金融政策決定会合における審議内容の公開のあり方について,若干のコメントを行う。
なお,日本銀行では毎年初めに,総裁・副総裁・政策委員会審議委員以下の現役幹部と,旧役員など幹部OBとの新年懇談会が開催されているが,本稿で指摘する第二の論点については,その席上において筆者が植田総裁に関連資料を提示しながら口頭で直接説明し,いずれ筆者の見解を公表する所存である旨を伝えた経緯があることを,あらかじめ付言しておきたい。
Ⅰ.不明晰な論理展開
日本銀行は,昨年12月18日および19日に開催された金融政策決定会合における「主な意見」を,同月29日に公表した。全文は以下で入手可能である。
以下では,日本語版の説明文を基にコメントする。第一項目「金融経済情勢に関する意見」では,経済情勢について6つのポイント,物価について7つのポイントが列挙されている。続く第二項目「金融政策運営に関する意見」では18のポイントが掲げられているが,いずれのポイントについても,意見表明の主体は明示されていない。論点ごとにポイント数が異なることから,一部のポイントは複数の政策委員会メンバーに共有された見解である可能性がある一方,別のポイントは場合によっては一個人の見解にすぎない可能性も否定できない。いずれにせよ,読者にとって不明晰な構成である。
次に,個別のポイントにおける説明文の論理構成を検討する。以下の一文を取り上げてみよう。
「消費者物価の上昇率はベース効果を通じて次第に低下していくが,名目賃金はこれまでの上昇モメンタムが来年度の春闘に向けても維持されるため,実質賃金の上昇率は来年前半にはプラス圏に浮上し,物価の基調は2%に向けて着実に上昇し続けると考える」。
この文は四つの構成要素から成り,次の因果連鎖を主張しているように読める。
- ①消費者物価上昇率はベース効果により低下していく。
- ②名目賃金は春闘に向けて上昇モメンタムを維持する。
- →③実質賃金がプラスに転じる。
- →④物価の基調は2%に向けて上昇し続ける。
しかしながら,「実質賃金の改善」から「物価基調の上昇」への移行は自動的なものではない。実質賃金がプラスに転じることは,家計の購買力回復や消費の下支えにはなり得るが,それが直ちに需要主導のインフレ圧力,さらには物価基調の上昇につながるとは限らない。過去を振り返れば,実質賃金の改善が必ずしも物価上昇を伴わなかった局面は何度も存在している。
もちろん,名目賃金の上昇が労働コストを通じてサービス価格に波及し,需要動向とは独立に基調的インフレを形成する,いわゆるコストサイドの経路が想定されている可能性はある。しかし,その場合であっても,賃金上昇がどの部門に,どの程度持続的に及び,企業のマークアップ行動や価格転嫁慣行といかなる条件の下で結び付くのかについての説明が欠かせない。
また,文中では,表面的なCPI上昇率は低下する一方で,物価の基調(underlying inflation)は上昇するとされているが,この二つを結び付けるメカニズムの説明が不足している。通常であれば,サービス価格への波及,インフレ期待の変化,企業のマークアップ行動の調整といった経路が明示されるべきである。しかし本文では,賃金の動きと物価基調の上昇が,ほぼ直結するかのように記述されている。
さらに,春闘における名目賃上げのモメンタムが,中小企業,非正規雇用,さらにはサービス部門全体にどの程度波及するかは不確実である。それにもかかわらず,経済全体の物価基調を2%に向けて押し上げる力として扱っている点には,やや強引な印象を免れない。
要するに,この文章は「実質賃金が改善する → 需要が強まる → 物価基調が2%へ」という中間段階の説明を省略した,結論先取り型の議論になっている。
次に,上掲の文章に続く記述を検討しよう。
「企業の価格設定行動の積極化や,これまでの為替の影響もあり,物価の上昇は粘着的である。先行きについて,政府の物価高対策や経済政策は,その実際の効果の規模や発現するスピードにもよるものの,消費や投資意欲を高め,経済や中長期的な物価の上昇の力を高めるものと考える」。
第一文における説明,すなわち企業の価格設定行動の積極化や過去の円安の波及効果によってインフレが「粘着的(sticky)」であるとする点については,概ね整合的である。
問題はその先にある。論理の飛躍の第一は,政府の物価高対策が「消費や投資意欲を高める」とされている点である。物価高対策の多くは,本来インフレ圧力を和らげることを目的とする政策である。補助金,価格抑制策,税や社会保険料の軽減などは,実質所得の下支えにはなり得るが,それが消費性向を恒常的に高めるとは限らない。政府の投資促進策についても,その効果は一時的にとどまる場合が少なくない。
政府の物価高対策が,短期的には表面的なCPI上昇率を抑制しつつ,実質所得を下支えすることで需要を下支えし,結果として価格転嫁余地を維持するという間接的な経路が想定されている可能性を否定するものではない。しかし,その場合であっても,そうした効果が一時的な緩衝にとどまらず,中長期的なインフレ圧力の強化へと転化する条件については,明示的な説明が求められる。
論理の飛躍の第二は,消費や投資意欲の高まりが「中長期的な物価上昇力の強化」につながるとされている点である。ここではまず,消費・投資意欲の強まりと,実質賃金の持続的改善,生産性上昇,人口動態といった要因との関係が説明される必要がある。さらに,仮に需要が強まったとしても,供給制約,価格転嫁力,期待形成のあり方に関する説明なしに,中長期的なインフレ圧力の推移を論じることはできない。
仮に,労働供給制約やサービス部門の労働集約性,人手不足の恒常化といった構造的要因を重視するのであれば,それらが賃金・価格スパイラルを持続的なものとする実証的根拠や,過去局面との違いについての整理が不可欠である。
そもそも,「政府の物価高対策」と「インフレ基調の強化」は,本来緊張関係にあるにもかかわらず,本文では両者が同じ方向に作用するかのように描かれている。中央銀行的な表現を用いれば,anti-inflationary policy から pro-inflationary outcome への転換が,十分な説明なしに行われている。
要するに,この文章は,「粘着的なインフレ」+「政府政策」=「中長期的インフレの底上げ」という結論を,政策の性質,伝播経路,条件分岐を示さないまま導いているにすぎない。これは,政策スタンスを正当化するための物語(narrative)に近い書き方である。
なお,「金融政策決定会合における主な意見」と題する文書には,各政策委員および政府出席者が自らの発言を一定の文字数以内で要約し,議長である総裁に提出し,総裁がこれを自身の責任において編集するという作成プロセスが脚注として記されている。この編集過程そのものが,不明晰な論理展開という印象を招いている可能性も否定できない。
Ⅱ.イングランド銀行金融政策会合の審議内容の公開
イングランド銀行は昨年12月17日,政策金利(バンク・レート)を0.25%ポイント引き下げ,3.75%とする決定を行った。
この決定は,ベイリー総裁以下5名が賛成し,現状維持を主張する4名が反対するという僅差でなされた。政策会合の審議内容は,政策決定の翌日である12月18日に公表されている。
これに対し,日本銀行では,12月19日の政策金利引き下げ決定後,「主な意見」が公表されたのは同月29日であり,10日を要している。情報公開の迅速性という点で,両者の差は大きい。
さらに注目すべきは,イングランド銀行の金融政策委員会の全メンバーが,実名入りで自らの見解をまとめた文章を,そのまま公開文書に収録している点である。総裁が編集責任を一手に負う形式とは異なり,各委員が自らの判断に対して直接説明責任を負う構造が明確である。各委員の見解を含むイングランド銀行の公開文書の全文は以下で入手可能である。
“Bank Rate reduced to 3.75% - December 2025 Monetary Policy Summary and Minutes”
バンク・レートの引下げ案に票を投じたベイリー総裁と現状維持案に票を投じた金融政策担当クレア副総裁の意見を抽出し(注1),公開文書に収録された全文を和訳すれば以下のとおりである。
〈アンドリュー・ベイリー〉
「前回の会合以降に公表されたデータは,ディスインフレーションが現在,より確立したものとなりつつあることを示唆している。消費者物価指数(CPI)インフレ率は直近のピークから低下しており,上振れリスクも緩和している。予算に盛り込まれた措置は,短期的にはインフレ率をさらに低下させると見込まれる。
私にとって現在の主要な論点は,インフレ率が2%の目標水準に,どの程度持続的なかたちで落ち着くかである。経済におけるスラックは引き続き拡大してきている。失業,不完全就業,ならびに就業から失業への移行フローはいずれも増加している。現時点では,労働市場においてより急激な下振れが生じているとの決定的な証拠は確認していないが,引き続き警戒する必要がある。
一方で,過去数年間にわたる目標超過のインフレを受けて,インフレ期待はなお十分には下方修正されていない。また,先行的な賃金上昇率指標の強さは,足元のインフレ率および賃金の指標にみられる下方モメンタム,ならびに失業率の上昇と整合的とは言い難い。
私は,証拠が蓄積されるにつれて,これらのリスクを引き続き評価していく。一定程度の追加的な金融緩和の余地はあると考えているが,バンク・レートの経路を精緻に事前判断することはできない。とりわけ,バンク・レートが中立水準に近づくにつれて,政策余地がより限定される点を認識する必要がある」。
〈クレア・ロンバルデリ〉
「私は,11月以降の成長およびインフレに関するデータが限界的には軟化しているにもかかわらず,依然としてインフレの上振れリスクをより強く懸念している。予算措置は,注目度の高い項目における前年比インフレ率を機械的に押し下げ,第二次的効果のリスクを低減させると考えられるが,絶対水準で見れば,基調的なインフレ率は依然として目標と整合的な水準を大きく上回っている。
インフレ率を持続的に目標へ回帰させるためには,賃金上昇率のディスインフレーションが決定的に重要である。しかし,意思決定者パネル(DMP)およびエージェント調査に基づく先行的な賃金上昇率指標は,今後1年間において賃金のディスインフレーションがほとんど進まないことを示唆している。高水準の賃金上昇率は,労働市場の数量面の軟化と対照的である。
これは,11月時点の中核見通しに織り込まれているよりも大きなインフレの持続性をもたらすような構造的な問題が,経済に存在する可能性を示している。また,現在の金融政策スタンスがどの程度の引き締め効果を及ぼしているのかについても,データから得られるシグナルは錯綜しており,私は不確実性を感じている。将来的な政策の反転は,政策の信認にとって高いコストを伴う可能性がある。
以上を踏まえると,金融引き締め的なスタンスを維持することが求められ,他の条件が同じであれば,将来の金融緩和のペースを減速させる必要が生じ得る」。
Ⅲ.更なる情報公開を望む
昨年12月17日のイングランド銀行の政策決定においては,ロンバルデリ副総裁(元OECDチーフエコノミスト)に加え,同行調査部門を統括するチーフエコノミストであるヒュー・ピル理事,さらに金融政策委員会で投票権を有する外部メンバーであるアメリカ人エコノミスト2名――元OECDチーフエコノミストのキャサリン・マン,およびブラウン大学シニアフェローのメガン・グリーン――が,それぞれ独自の論拠を明示したうえで,利下げ提案に反対した。
イングランド銀行の公開文書では,総裁であるがゆえに意見表明に特別な権限が与えられているわけではなく,各投票権者の意見はアルファベット順に収録されている。免責条項が付されることもなく,個々の委員が自らの判断に対して説明責任を負う制度設計となっている。
もちろん,情報公開の充実が直ちに金融政策の有効性向上を保証するわけではなく,透明性の過度な高まりが政策運営の柔軟性を損なう可能性も理論的には指摘されている。しかしながら,少なくとも政策判断の論拠と不確実性の所在を明示することは,政策当局の説明責任を高め,政策に対する建設的な検証を可能にするという点で重要である。
日本銀行に限らず,多くの日本の公的機関に見られる伝統的な組織文化の下では,このような個人ベースの説明責任が前面に出にくい側面があるのかもしれない。しかしながら,学者出身として日本銀行総裁に就任した植田氏には,率先して情報開示の徹底に努め,政策議論の可視性と検証可能性を高めることが期待される。
[注]
- (1)イングランド銀行業務のうち金融政策以外の部門を統括する二人の副総裁はベイリー総裁と同様に金利引下げ案に票を投じた。
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