世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4158
世界経済評論IMPACT No.4158

三菱商事等の洋上風力撤退のインパクト:注目すべき日本の特殊性

橘川武郎

(国際大学 学長)

2026.01.12

 2025年8月27日,三菱商事は,洋上風力発電公募の第1ラウンドで中部電力グループに属するシーテックなどと一緒に落札した秋田県沖と千葉県沖の3海域について,開発を取りやめると発表した。この発表は,日本の洋上風力開発に大きな打撃を与える。そのことを理解するためには,時計を4年間巻き戻す必要がある。

 2021年12月24日,わが国のエネルギー業界に衝撃が走った。政府が洋上風力の事業者を決める第1回目の公募で,大方の予想に反し,対象となった3海域のすべてについて,三菱商事を中心とする企業連合が,入札に成功したからである。具体的に勝者となったのは,秋田県能代市・三種町・男鹿市沖と千葉県銚子市沖では三菱商事とシーテック,秋田県由利本荘市沖では三菱商事・シーテック・ウェンティジャパンであった。

 この公募では,事業者の選定にあたって,事業の実現可能性や立地地域の地元対応などの定性面を50%,売電価格を見る定量面を50%として評価する方針をとった。三菱商事を中心とする企業連合は,定性面について,能代市・三種町・男鹿市沖で応札した5事業者中1位,由利本荘市沖で5事業者中2位(1位はレノバ&東北電力ら),銚子市沖で2事業者中2位(1位は東京電力リニューアブルパワー&オルステッド)であった。定性面では必ずしも1位ではなかったわけであるが,定量面で他を圧倒した。三菱商事らは,kWh当たりで能代市・三種町・男鹿市沖では13.26円,由利本荘市沖では11.99円,銚子市沖では16.49円という驚くべき低位の売電価格を提示した。それぞれ定量面で2位となった事業者が示した売電価格が,kWh当たりで能代市・三種町・男鹿市沖では16.97円,由利本荘市沖では17.20円,銚子市沖では22.59円だったことを考え合わせれば,三菱商事らの「価格破壊」ぶりがよくわかる。

 第6次エネルギー基本計画(2021年10月閣議決定)を策定する過程で発電コスト検証ワーキンググループが2021年7月に発表した2030年の電源別発電コスト試算では,発電コストの下限値が,kWh当たりで太陽光(事業用)は8円台前半,陸上風力は9円台後半,洋上風力は26円台前半とされた。政府の発電コストの当時の目標年と目標値は,kWh当たりで太陽光(事業用)が2025年7円,陸上風力が2030年8~9円,洋上風力が2030~35年8~9円であったから,2021年7月時点では,太陽光(事業用)や陸上風力は目標達成が視野にはいったものの,洋上風力は目標達成が困難だと思われた。しかし,その5カ月後に三菱商事らが提示,落札した売電価格は,洋上風力についても,コスト削減の目標達成が可能であることを示すものであった。したがって,拙著『エネルギー・トランジション』(白桃書房,2024年)では,三菱商事を中心とする企業連合について,「再生可能エネルギーにおけるゲームチェンジャー」(27頁)であると,高く評価したのである。

 しかし,2025年8月の三菱商事による3海域での洋上風力プロジェクトからの撤退発表によって,「ゲームチェンジャー」は消滅してしまった。ことは重大であり,「日本の洋上風力開発に大きな打撃を与える」出来事となったのである。

 三菱商事などの企業連合が,洋上風力プロジェクトからの撤退を決めたのは,インフレによる資・機材の価格高騰などで事業環境が一変し,いずれの海域においても採算性が確保できないと判断したからである。確かに,現在,同様の理由で,日本のみならず世界中で,洋上風力の建設計画が停・廃止となったり縮小したりしている。

 それでは,三菱商事等の撤退は,「仕方がない」ことなのか。そう簡単に片づけるわけにはいかない。現在,多くのマスコミは,三菱商事等の企業責任の追及に躍起になっている。もちろん,それも有意義なことであろうが,我われは,個別企業の枠を超えたもっと大きな状況に目を向ける必要がある。それは,「海外の多くの国々では洋上風力の建設を一通り終え,さらに増設しようとしたタイミングで資・機材の価格高騰などに直面して計画が停まった」のに対し,日本の場合には,「いよいよこれから洋上風力の建設に本格的に取りかかろうとしたタイミングでプロジェクトがストップしてしまった」という,悲しむべき状況である。洋上風力をめぐるわが国の現況は,他の国々とは比べものにならないほど深刻なのである。

 なぜ,このようなことになったのか。日本の洋上風力開発が「一周遅れ」の状況に陥ったのは,過去の失政のせいである。

 わが国は,2018年7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画において,再生可能エネルギーを主力電源化する方向に舵を切った。しかし,驚くべきことに,同計画が打ち出した2030年度の電源構成見通しにおける再生可能エネルギーの比率に,パリ協定締結以前の2015年7月に策定した長期エネルギー需給見通しでの数値をそのまま踏襲し,22〜24%の比率に据え置いたままであった。主力電源化を打ち出したにもかかわらず,再生可能エネルギーの比率を引き上げなかったのである。

 このことは,洋上風力開発が本格的にスタートすることを妨げる意味合いをもった。筆者が前掲の『エネルギー・トランジション』のなかで,「2015年に電源構成見通しを策定した際に,あるいは少なくとも2018年にそれを第5次エネルギー基本計画として追認した際に,2030年度の電源構成見通しに『原子力15%,再生エネ30%』という的確な数値を盛り込んでいたとすれば,すでに秋田県沖などに3~4GWの洋上浮力が姿を現すことになっていただろう」(25-26頁)と恨みがましいことを書き,政府の失政を槍玉にあげたのは,以上のような事情を考慮に入れたからであった。

 2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画は,再生可能エネルギーの最大限活用を謳い,そのために,洋上風力発電の普及とペロブスカイト太陽電池の開発に力を注ぐ方針を打ち出した。しかし,三菱商事等が3海域の洋上風力から撤退することを決めたため,洋上風力発電の普及については,にわかに暗雲が立ち込めることになった。

 事業見通しの暗転を受けて,日本政府は今,洋上風力振興策の再構築に取り組み始めている。そして,その点は,他国政府の場合も同様である。

 ここで肝心な点は,日本政府が提示する「洋上風力クライシス」からの再興策は,他国政府のそれと同レベルのものにとどまってはならないということである。なぜなら,前述のとおり,他国の場合は「洋上風力の建設を一通り終え,さらに増設しようとしたタイミング」でクライシスに直面したのに対して,日本の場合には「これから洋上風力の建設に本格的に取りかかろうとしたタイミング」でクライシスに遭遇したからである。しかも,そのような苦境は,過去の失政のツケとして発現した。

 日本政府が今後,過去の反省に立って,他国をはるかに凌ぐ洋上風力の再興策を提示するか否か。我われ国民は,厳しい目で監視していかなければならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4158.html)

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