世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1555
世界経済評論IMPACT No.1555

初代支店長の奔走:国際機関どうしの協力

安部憲明

(外務省経済局 国際貿易課長)

2019.12.02

 昨年,経済協力開発機構(OECD)の初代の国連事務所長としてニューヨークに赴任したR君から,少し早めのクリスマス・カードが届いた。今夏,国連の会議場で,すれ違いざまに渡した名刺にある職場の住所に送られてきた。相変わらずの律儀さとこの営業努力ぶりは,さすが,である。

 グローバル・ガバナンスの営みを建物にたとえれば,OECDのような国際機関は,主権国家が,それぞれに国益を追求して活動する空間を支える柱に当たるだろう。これらの支柱は,貿易なら世界貿易機関(WTO),開発なら世界銀行,マクロ金融なら国際通貨基金(IMF),その他にも環境やエネルギーといった専門に分かれて,地面に打ち立てられている。域内での信頼醸成や協力を促進するための東南アジア諸国連合(ASEAN)のような地域枠組や,石油輸出国機構(OPEC)のような特定の権益を増進するための組織もある。居住者たる主権国家は,国際機関にその管轄権の一部を委ね,法人格を与えて,設立目的を遂行させる。これら一群の支柱は,国家が互いに競争する上でのルールや条件を整備する一方,国家が協調するための仕組みを提供しているのだ。

 ところが,このグローバル・ガバナンスという建物には,全体の調和を仕切るべき施工主も,建築士も,現場監督もいない。各々の柱は,自らの判断で,持ち場を守り,折に触れて礎石を補強し,時には,横の柱に向かって梁を伸ばすことになる。そのやり方は様々であるが,いずれにせよ,屋根の重みに耐えられない柱や,逆に重みがかかっていない柱,シロアリが巣食い腐食が進んだ柱などはすべて,遅かれ早かれ倒れる運命にある。

 R君は,OECDと国連の協力強化を通じ,グローバル・ガバナンスにおけるOECDの「適者生存」を図る重大な使命を帯びてニューヨークに派遣されている。OECDは,いわば,堅実な技術に基づく質の高い商品とソリューションに定評がある中小企業だ。国連との協力は,大企業から経営ノウハウや情報を仕入れ,そのブランド力や販路網と提携することを通じて,自らの市場価値を高め,売り上げを伸ばす経営判断に似ている。両者がこれまでに手がけた共同作品には,『国境なき税務調査官』と呼ばれる途上国における税収増を図るための人材育成プログラムや,多国籍企業のコーポレート・ガバナンス責任強化を通じた市場環境の整備のための『国連ビジネスと人権の指導原則』と『OECD責任ある企業行動(Responsible Business Conduct)』の間の連携などの例がある。

 中でも,グリアOECD事務総長が,近年,持続可能な開発目標(SDGs)実現のための「GPS機能(車のナビで使う,あれです)」と称して宣伝する協力事業は,次のヒット商品になる可能性を秘めている。本年9月のSDGsサミットで,国連加盟国は,2020年から2030年までを「行動の10年」とすると決意した。背景には,すべての関係者が約束を行動に移さなければ,期限内の目標達成はおぼつかないとの危機感がある。OECDは,ここに目をつけた。公共政策の森羅万象に関する統計データを活かし,17分野169ターゲットにわたるSDGsの実施状況を,すべての国連加盟国について実証分析する役割を買って出たのである。各国の現在地をマッピングし,分野別にカラフルに色分けされた放射円上に可視化し,2030年の到達点までの距離を,いわば「道案内」として示す。この画面上で,例えば,ラトビアは,貧困(目標1),保健(目標3),都市(11)などがOECD平均に達していないことが一目瞭然にされている。この2年間,OECDは,13加盟国への試行を経て,計測や提言の方法に改良を重ねてきた。OECDは,この新商品を,途上国に拡販する準備は万端だ,と鼻息が荒いのだが,いかんせん,その使い勝手の良し悪しは,支柱ではなく建物の居住者が決めることである。

 二つの国際機関をつなぐための膨大な仕事量にもかかわらず,R君には,いまのところ部下がいない。兵站を補給する本社の決裁を得るためには,先ずは実績作りしかない,と覚悟を決め,提携先(国連),株主(OECDに加盟する先進国),そして,新たな顧客(多くの途上国)を相手に,市場調査,営業・販売,広報,果ては苦情処理に奔走する。やせ我慢でも「ご用命はこちらまで」と,クリスマス・カードに書き添えるやせ我慢が,初代支店長の切ないところ。筆者の返信が届く今頃,R君は,つかの間の休暇を家族とともに過ごせているだろうか。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1555.html)

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