世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
企業の新興市場進出における成功要因:未発達な制度のもとでのビジネス
(中京大学経営学部 教授)
2019.11.25
新興市場への進出にあたっての課題
国内需要の減少や産業構造の変化に対し,高い経済成長と需要拡大が続く新興市場への関心が高まっている。中小企業においても製造業を筆頭に,生産・販売等拠点を設立している企業の多くが中国・アジア地域に進出しており,その理由として現地の製品需要が旺盛または今後の需要が見込まれることをあげている。今後はアフリカ市場等への関心も高まってくるだろう。しかしながら,先進市場への進出における課題とは別に,制度基盤が未発達な新興市場に進出し現地市場および周辺市場の需要獲得を成功させるには,事業戦略やビジネスモデルに加え,新興市場特有の課題とその克服について検討することが必要条件となる。この課題とはいかなる点に着眼して検討するべきであろうか?
本稿では,カナ&パレプ(2012)の「制度のすきま」の議論を中心に整理したうえで,筆者が実施したケーススタディの概要を報告する。
新興市場におけるビジネスと制度のすきま
今井(2012)は先進国市場と新興市場のビジネス環境の最大の違いは制度であるとし,カナ&パレプ(2012)は先進国市場の多国籍企業は発達した市場取引のための制度環境を前提としてビジネスを展開しているが,新興市場では前提となる制度環境が不足していることを指摘している。この不足についてカナ&パレプは「売り手と買い手を効率的に引き合わせる仲介者が不足し取引する環境が整っていない」ことを挙げ,「制度のすきま」と表現している。この制度のすきまについて,ハードインフラの不足と共に,製品,労働,資本の3つの市場における以下の6つの機能の不備が指摘されている。
- ●「信用の裏付けを行う制度」
- ●「情報分析とアドバイスを行う制度」
- ●「集約と流通を担う制度」
- ●「取引支援の制度」
- ●「仲裁・審判を行う制度」
- ●「規制する制度(規制当局,公的機関)」
先進国市場ではこれらの制度が確立していることを前提にビジネスを展開しているが,これらが未発達あるいは十分に機能していない新興市場により深く浸透してビジネスを発展させるためには企業自体が何らかの対応をしなければならない。筆者は日本の中小製造業を対象に,インドネシア,フィリピン,インド等に進出した複数の企業がいかに取組んだかについて調査した。
日本の製造中小業の経験から
調査により明らかになったこととして,まず事業戦略とビジネスモデルでは差別化を基本戦略とし,ビジネスモデルでは自社の強みを活かすことのできるターゲットを開拓し,人材・現地のパートナー企業等必要な経営資源を確保したうえで難易度の高い分野で顧客ニーズを反映したカスタマイズにより一定の収益を獲得するというアプローチを日本の中小製造業の多くが採用しているということである。
次に,制度のすきまへの対応については:
- ●製品市場における対応では,投入物に関する信用の裏付け・情報分析とアドバイスの制度の不足に対しては自社検品機能の拡充による克服や日本からの調達による適応,規制の対応やマーケット情報分析の提供に関する制度の不足に関しては他の日系企業との情報共有等の協働で対応している。
- ●労働市場における情報分析や集約と流通に関する制度の不足への対応では,人材の確保,労務関連の問題には自社の人材育成機能を拡充し,日系工業団地の同居企業あるいは現地の会計事務所等への支援を要請するなどの協働で対応している。
- ●金融市場における信用の裏付けに関する制度の不足に対し,資金供給や回収では日本の商社の活用による協働で対応している。
最後に各市場におけるこれらの対応を可能にするための中小企業の成功要因として,(1)経営トップが前面で指揮を執りスピーディーな対応をする,(2)現地パートナーに加え,日系企業や公的支援等の外部資源を活用する,(3)公式・非公式のネットワークを形成し活用する,以上があげられた。
課題解決へ
高い成長が見込むことのできる新興市場への日本企業の進出は今後もますます増えていくことが予想される。しかしながら新興市場におけるビジネスは本稿で検討したような制度の未発達をはじめとするビジネス環境の違いから生じる困難の克服が不可欠である。これら困難への効果的な対応を実現するためにも,有効な着眼点を与えてくれる理論を活用しながら状況分析を行い,課題解決に向けた施策を検討することが求められる。本稿の詳しい内容については,川端・永吉(2017)を参照いただきたい。
[参考文献]
- 今井雅和(2012)「ビジネス立地としての新興市場を考える」多国籍企業研究, 第5号, pp.19-37
- 川端勇樹,永吉実武(2017)「日本の中小企業の新興市場進出における成功要因に関する研究—「制度のすきま」の克服」日本経営診断学会論集,17巻,p.1-7
- タルン・カナ,クリシュナ・G・パレプ(2012)「新興国マーケット進出戦略—「制度のすきま」を攻める」日本経済新聞出版社
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