世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1548

災害は忘れないうちにやってくる時代へ突入したか

末永 茂

(エコノミスト  )

2019.11.18

 このWebサイトは国際経済分野向けで国内災害が射程に入っていないが,気候循環や大規模災害はその国の復興や経済損失に繋がる大きな問題であるから,今回はこれをテーマにしたい。

 諸説あるようだが「天災は忘れた頃にやってくる」とは,寺田寅彦や中谷宇吉郎の名言といわれている。だが,時代は新たな局面に移行し,地球温暖化現象による大規模災害が多発するようになってきた。大気大循環の変動要因分析は論争が絶えないが,人力でこれに対応できないことだけは共通している。こうした問題に関連した歴史分析で教訓的なものにブライアン・フェイガンの一連の著作がある。古気象学や自然科学分野の研究業績を踏まえた学際的・包括的な書で,読んでいてなるほどと思わせるところが随所に散見される。古代文明はその組織原理故に繁栄し,崩壊してきた。そして,人類はその崩壊過程で未開発の地に移り住むことによって,さらなる高みに上昇する社会を構築してきた。しかし,70数億人もの地球人口を有する世界にあって,移動・移民の自由を我々は容認できるのだろうか。というのがフェイガンの主張である。

 研究者の仕事はスタッフと共同してデータ解析に明け暮れる日々であり,その中で問題意識を持続することは簡単ではない。自然科学者はロマンチストが多く,なかなかヒューマニティに富んでいる。若い頃この分野に入門したのも,彼らなりの使命感などがあってのことだろうと推察される。また,彼らは異分野の研究者に対しても比較的開放的でもある。20年以上前になるが,気候システム研究のシンポジウムに招待されたことがあるが,この時は門外漢にもかかわらず大変勉強になった。当時の研究報告書を再度捲ってみると,現在の大災害は容易に想定できる。おそらく,彼らは今年のような事態を先駆的に予見していたし,また,国民的・行政的レベルでの「正常性バイアス」のかかり方も,百も承知で地道な研究を続けてきたのだろう。

 さて,そうは言っても現実の大規模災害を看過できないことは言うまでもない。災害が起こるたびに体育館に雑魚寝するしかないような国が果たして先進国なのだろうか,とさえ思えてくる。体験者の話では3日が限界だとも聞いている。仮設住宅の建設などのコストを考慮すれば,むしろコンテナハウスやキャンピングカーを常時分散型で,全国に数万台ストックしておいて,災害発生地に運搬すれば良いのではないだろうか。大規模災害は常に起こりうることを前提にした方が(人口減少社会を想定するのと同じくらいに),コストパフォーマンスは良くなるはずである。自動車産業界はAI業界とのコラボによる自動運転の開発に取り組む前に,建設業とのジョイントベンチャーによって,短期間でも居住可能な車の普及に尽力していただきたいものである。

 大規模災害で問題になるのが住宅ローンの累積化である。この問題は優れて経済的・経営・金融上の現実的課題である。阪神淡路大震災以来,全国からごみのような支援物資が被災地に大量に届くことはなくなった。そして,マンパワーの拡充のためのボランティア活動も盛んになった。さらに,今回の千葉県の台風災害では倒壊鉄塔の除去を,専門業者が無償で行うとの申し出があった。この四半世紀で,我が国は被災者に対する国民意識が明らかに向上している。誰しもが被害者・被災者になりうるという相互扶助の精神が育まれつつあるように思える。負の経済的パフォーマンス,ポトラッチや人間的諸活動に対する有効な政策提言とその実施は,自然科学者の領域というよりも,むしろ社会科学者,経済学者の領域である。

 気候変動や大災害等の全球システムは国境の存在を超えた変動であり,我々はより効果的で包括的な社会経済政治分析を行う必要に迫られている。夢よりも現実の生活観念に根差した政策体系,災害による住環境と所得機会や労働市場の破壊等に応えられる施策こそ,グローバル社会では忘れてはならない。具体的には簡素で効率的な行政組織と,無駄のない公共事業の精査が問われる。公共交通機関の大幅な計画運休を受け入れる余裕のある社会システムの構築は,待ったなしの状況である。人間性を回復するための生活基盤の保全は,資本主義社会に相互扶助原理を付加することであり,それらは何ら対立する概念ではない。

 さらに,首都圏や太平洋ベルトの大地震も指摘されているが,問題が大きすぎて未だ根本的議論が等閑にされている。地方分散が謳われながらも,益々首都圏一極集中が加速し,分散型国土形成には至っていない。働き方改革が叫ばれていても,これとリンクした労働市場や雇用・勤務システムとの関連も企業現場レベルではクリアーな議論になっていない。これらとの連携でも議論を喚起したい。その際,大学入試改革にみられるような朝令暮改の議論ではなく,基本原理を重視した切迫感のあるものを期待したい。

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