世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
G20は外相会合で集大成へ:デジタル時代の試合を動かす
(外務省経済局政策課 企画官)
2019.10.28
秋風が吹き,野球のシーズンが大詰めを迎えている。G20議長年としての今年,6月の大阪首脳会議を文字通りの山頂(サミット)として,9人の閣僚がそれぞれに主催する会合も11月下旬の外務大臣会合を残すのみとなった。
かつて,大リーグのロサンジェルス・ドジャーズの名監督トミー・ラソーダ氏は,「野球には3つのタイプの選手がいる。物事をやってのけるヤツ,それを脇で見ているヤツ,そこで何が起きたのかわからないヤツ,の3種類だ」と語った。茶目っ気たっぷりの風貌ながら,選手起用には厳しかった采配ぶりが目に浮かぶ。主力プレーヤーとして試合を動かせるか否かは,状況に応じて,いかにして自らの持ち味を発揮できるかにかかってくる。大量失点を追いかける場面での送りバントや,広い球場での鈍足外野手の起用は,勝利の可能性を遠ざける。
本年の国際情勢を眺めれば,デジタル化や気候変動といった趨勢に加え,米中間の貿易摩擦や英国のEU離脱,中国経済の減速といった足下の懸案,そして,北朝鮮やホルムズ海峡といった地政学上のリスク等による不透明感に覆われた。特に,昨今のデジタル化が生む,リスクとチャンスを巡る混沌は,GAFAやファーウェイという企業名が紙面に載らない日はないという一事をもってしても明らかだ。その根底には,貿易や租税などに関する既存の多国間システムや国際ルールは,デジタル化に伴う新たな利得行為に十分に対応できていないとの現状認識がある。
そのような試合状況の中で,G20議長国として,日本は,自らの技量を存分に発揮するよう努めた。日EU経済連携協定やTPP11,日米間の貿易協定とデジタル貿易協定など「自由貿易の旗手」としての実績,「ソサエティ5.0」の実現に向けたイノベーションに関する重層的なの国内施策といった持ち味を活かし,デジタル化のいくつかの側面について,向こう10年を見据えた国際的な秩序作りの先鞭をつけた。以下,4つの主な成果をおさらいしたい。
第1は,「大阪トラック」である。安倍晋三総理大臣が,年初のダボス演説で,「信頼性のある自由なデータ流通(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト:DFFT)」というコンセプトの下で提唱したルール作りのプロセスを指す。サイバー・セキュリティーや個人情報が適切に保護されるとの制度への信頼がなければ,国境を越えたデータの活発な流通はおぼつかない。信頼は,データの自由闊達な流通を規制するのではなく,むしろ,それを促進するというのが「DFFT」の考え方である。この概念は,G20での議論を通じ,研磨され,世界に浸透し,定着しつつある。すかさず,「大阪トラック」の下,日本が他の有志国を牽引し,世界貿易機構(WTO)における電子商取引に係るルール作りの交渉を進めている。
第2は,デジタル化に対応した国際課税の新たなルール作りである。国内に工場や支店などの恒常的な拠点を持たなくても、消費者から収益を上げるIT企業にいかに税金を納めさせるかがデジタル課税の焦点だ。早速,10月中旬,経済協力開発機構(OECD)は,G20の「経済の電子化に伴う課税上の課題に対するコンセンサスに基づいた解決策の策定に向けた作業計画」に基づき,こうした企業が世界各地で稼ぐ利益を各国に分配する新たな国際的枠組みを提案し,目標期限である来年の合意に向け前進した。
第3は,「G20 AI原則」である。デジタル時代に適応した規制のあり方として,責任ある開発と活用はあくまでも「人間中心」であるべきとの理念を掲げた。今後は,ここで示された一般原則からさらに踏み込んだ具体的なAI技術の運用基準に落とし込まれることが期待される。
このように,デジタル化は,経済活動の領域にとどまらず,倫理や社会規範の見直しを必然的に伴うものであるが,G20大阪サミットの第4の成果として,「テロ及びテロに通じる暴力的過激主義によるインターネットの悪用防止に関するG20大阪首脳声明」を忘れるわけにはいかない。3月のクライストチャーチ銃撃事件に即応する形で,表現の自由がインターネット上の暴力や過激主義の隠れ蓑になりかねないとの不安に手当てし,各国政府が,プラットフォーマーを含む産業界と協調対応していくとの方向性を示した。
11月22日から23日,愛知県名古屋市で,茂木敏充外務大臣はG20及び9つの被招待国の外相と一堂に会し,G20議長年の成果を総括する。大阪サミットで貯めた塁上の走者を帰す上で絶好のチャンスである。なお,上述した4つの成果は,G(政府)以外のアルファベットの頭文字で表される8つの「エンゲージメント・グループ」の有意義な提言にも多くを負っている(拙稿『正しい誤答:G20のGを考える』)。Gを加えた「9人全員野球」は,ゲームセットまでぶれることはない。茂木大臣は,この機会に地元の高校生からの提言を受ける予定だ。
G20議長年の最後に,1年の成果を着実に発展させるための議論を通じ,近年試練を受けているグローバル・ガバナンスを強化することで,そこで生活し,活動し,夢を叶えようとする人々の信頼に応えたい。
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