世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1511
世界経済評論IMPACT No.1511

米中貿易戦争とASEAN

石川幸一

(亜細亜大学 特別研究員)

2019.10.14

 米中貿易戦争は,制裁と報復の関税合戦からファーウェイの排除,米中新冷戦へと変化し,構造的な問題が焦点となってきた。

ベトナムに逆FTA効果

 米国からの輸入品に対する中国の平均関税は,2018年4月の8.0%から2019年12月15日に第4弾への残りの報復関税が課されると25.9%となる(注1)。米国以外の国に対する平均関税率はMFN平均税率の6.7%(2018年7月に8.0%から削減)だ。現在,米国の対中輸出の56%が報復関税の対象だが,Ⅰ2月15日には69%に拡大する。これは,2019年1月1日に適用が中止されていた自動車・同部品への報復関税が再度適用されることが大きい。米国の自動車・同部品への関税は,12月15日に12.6%(MFN税率)から42.6%という高い税率に上昇する。

 一方,中国からの輸入品に対する米国の平均関税は,2017年の3.1%から2019年12月15日には24.3%に上昇する。中国以外の国に課されるMFN平均税率は3.1%である。追加関税が課される品目の比率は,2019年8月の50.6%から2019年12月15日には96.8%に上昇する。

 米中の関税合戦の影響は,山下一仁氏が指摘したようにFTAの逆(逆FTA)である(注2)。FTAを結んだ国同士では,関税が撤廃されるため相互の貿易が増加するとともに第3国からFTA締結国に輸入先が転換することも起きる。米中間では相互に関税を引き上げたため相互の貿易が減少するとともにMFN関税が適用される第3国に輸入先が転換する。2019年上半期の米国の輸入をみると,中国からの輸入は12.4%減となり,ベトナムからの輸入は33.4%の増加となるなど逆FTA効果が顕著に現れた。

 FTAを結んだ国への外国投資が増加するが,逆FTAでは自国から第3国に投資が移っている。中国からASEAN,台湾,インドなどに生産拠点が移管している。とくに,ベトナムへの移管が活発で,ベトナムの19年1~6月(20日)の中国からの新規投資認可額16億7600万ドルは前年同期の5倍で18年通期を上回る。また,タイの19年1-3月の中国からの投資認可額は292億バーツで前年同期比2倍となっている。

非現実的なファーウェイ排除

 米国は,2018年8月に議会を通過した2019年度国防授権法で,①ファーウェイなど連中国企業5社の物品・サービスの政府調達禁止,②外国投資リスク審査近代化法(FIRRMA)により対米投資の審査厳格化(少額出資も対象),③輸出管理改革法(ECRA)により最先端技術14分野が輸出管理対象とする,④ファーウェイと関連企業68社をエンティティ・リストに掲載し,物品・ソフトウェア・技術を輸出する場合に商務省の許可が必要(原則却下)というファーウェイを排除する措置を決定した。

 米国は同盟国や友好国に5G通信設備からのファーウェイの機器の排除を呼び掛けている。現時点では,米国の要請に応じたのは,日本,豪州,ベトナムのみで英国,ドイツ,フランスなどもファーウェイ排除を決定していない。ASEANでは,ベトナムを除きファーウェイの機器を排除する動きはみられない。フィリピンは米国の同盟国だがGlobal Telecomはファーウェイの設備によりマニラで5Gサービスを開始すると報じられている(注3)。

 シンガポールは19年5月に5Gでファーウェイを排除しないと発表し,マレーシア,タイでもファーウェイは5G設備の主要なプロバイダーの一つとなっている。マレーシアのマハティール首相は,「米国が技術で最高の国ということが永久に続かないことを受け入れねばならず,ファーウェイの技術を可能な限り使用する」と発言している。インドネシアでは農村部の通信整備でファーウェイが協力している。ASEAN随一の親中国カンボジアは,ファーウェイの機器を採用した5Gサービスを年内に開始する(注4)。カンボジアと香港との海底通信ケーブル敷設はファーウェイが実施を計画している。

 ベトナムを除くASEAN各国がファーウェイを排除しないのは,ファーウェイが価格競争力,サービス,技術で優位に立っており,他のプロバイダーを見つけるのは困難なためだ。

 ファーウェイ排除は非現実的なのである。

一帯一路の影響は拡大

 米国のファーウェイ排除は,5G通信設備だけでなくファーウェイへの部品やサービスの輸出,ソフトや技術の提供,対米投資などの規制にも及ぶ。こうした対中経済制裁は,アジア太平洋のバリューチェーンを寸断し,デカップリングを引き起こすと指摘されている。平川(2019)が指摘するように,デカプリングは中国に技術の自力開発を指向させ,中国の貿易における米国の比重を低下させる。当然,中国は新興国との貿易の強化に向かうことになる。

 平川(2019)は,その対象国は一帯一路沿線国であり,一帯一路政策の重要性と影響力はさらに強まり,国際政治と経済で新たなフロンティアが生まれる可能性が生まれると論じている(注5)。トランプ政権の対中制裁が世界での中国の影響力をさらに強めるという皮肉な結果が予想されるのである。また,RCEPができれば,米国企業はRCEP参加国企業に比べ対中輸出で極めて不利になる。米国企業は平均24.3%,RCEP参加国企業はFTAの0%あるいは低率のRCEP税率が適用されるからだ。米国に対する外圧を強めるためにもRCEPの早期合意が期待される。

[注]
  • (1)Bown, Chad P.(2019),米中両国の関税についての説明は本論文による。
  • (2)山下一仁(2018)3頁。
  • (3)Parameswaran, Prashanth(2019),Cha, Joelyn(2019),以下の記述はこれら論説による。
  • (4)日本経済新聞2019年8月28日付け。
  • (5)平川(2019)26頁。
[参考文献]
  • 平川均(2019)「「一帯一路」構想とアジア経済」,平川均ほか『一帯一路の政治経済学』文眞堂。
  • 山下一仁(2018)「米中貿易戦争で得する人,損する人」,CIGS Highlight Vo.l.66,2018年11月。
  • Bown, Chad P.(2019) US-China Trade War: The Guns of August, Peterson Institute for International Economies.
  • Chan, Joelyn(2019), Is it the end of the road for Huawei’s ASEAN Journey?, ASEAN Today, June 19. 2019.
  • Parameswaran, Prashanth(2019), Southeast Asia’s Huawei Response in the Spotlight With First 5G Rollout, The Diplmat June 25, 2019.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1511.html)

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