世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1503

正念場のジョンソン首相とBrexitの行方

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2019.10.07

 「合意の有無にかかわらず10/31にEUを離脱する」とのBrexit方針を掲げるジョンソン英首相が窮地に立たされている。ジョンソン首相による議会長期閉会等の強引な措置により一時No Deal懸念が高まったが,野党等のNo Deal反対派が結束,「10/19迄にEUと修正離脱合意を結べない場合,英国政府はEUに対し2020年1/31迄の離脱期限延期を要請しなければならない」とする離脱期限延期法を成立させた。ジョンソン首相は形勢挽回を狙い10/2に修正離脱合意案を正式に提示もEUとの溝はいまだ大きく,10/19迄の妥結は困難であり,確約する10/31のEU離脱はほぼ不可能と思われる。

 もっとも,1年の時間軸で考えた場合,離脱期限延期を経て11月末~12月初に予想される総選挙の結果如何でBrexitについて4つのシナリオが想定され,経路と蓋然性,経済への影響は以下の通り。

 2019年の英国経済は,Brexit交渉と政治の混乱により非常に振幅が激しい。1−3月は,当初の離脱期限3/29が近づく中,No Dealを恐れた企業が在庫積み増し等を余儀なくされた。家計にも一部買いだめが見られ,在庫投資と個人消費が押し上げられ,成長率は前期比年率+2.3%と大幅に加速,一方4−6月は,離脱期限延期に伴い在庫が取り崩されたため,成長率は同−0.9%に沈んだ。7−9月は,底堅い個人消費や政府支出の拡大に支えられ前期比年率+1%弱に持ち直したが,10−12月以降の景気はBrexitの展開次第だ。

 (1)「バックストップ関連で離脱合意を修正し離脱」。総選挙で保守党は「再度離脱合意案の修正を目指し,だめな場合にNo Dealを選択」という2トラック戦略を維持,拡張的財政政策と,コービン労働党首の不人気に助けられ単独過半数の獲得に成功。数の制約から解き放たれたジョンソン首相は,北アイルランド限定の関税同盟等,柔軟に離脱合意案を修正,2020年1/31,又は短期の離脱期限再延期を経てEUを離脱。景気は,2020年1−3月から,先送りされていた設備投資,大型耐久消費財や住宅等のペントアップディマンドが先行き不透明感がある程度払拭されることで,一部顕在化,成長率は前期比年率1%台半ば~後半へ回復を予想。

 (2)「恒久的関税同盟締結で離脱合意を修正し離脱」。総選挙実施までは,(1)と同一。労働党は伸び悩むが,Lib Demが都市部や英国南西部,SNPがスコットランドで保守党から議席を奪い,野党連合が勝利,労働党がLib DemやSNPの閣外協力を得て政権を樹立。コービン政権は,「恒久的関税同盟」締結等の点で離脱合意案を修正し,EU残留との二択で国民投票を実施し,前者が勝利。離脱期限は2020年6月まで再延期された後,英国はEUを離脱。景気は,2020年1−3月から,(1)のシナリオ同様持ち直す。労働党が掲げる法人税増税やインフラ産業の再国有化等の反ビジネス的政策は,閣外協力するLib Dem等が抑止力となり完全に履行されることはないが,企業マインド回復の重石となり,成長率は前期比年率1%台前半~半ばへの回復にとどまる。

 (3)「EU残留」。総選挙の結果,労働党政権下で国民投票が実施されるまでは(2)と同様だが,Bregret派の増加により残留派が勝利,英国は2020年6月にEU残留を決定する。

 景気は2020年1−3月から持ち直し,EU残留決定と共に7−月から回復は加速も,(2)同様労働党の経済政策への懸念が企業マインドの重石となり,成長率は前期比年率2%程度となろう。

 (4)「No Deal」。総選挙実施までは(1)と同一だが,ジョンソン首相はNo Dealを選挙公約として掲げBrexit Partyと選挙協定を締結,イングランド北部等労働党のハートランドで議席を奪い総選挙に勝利,2020年1/31にNo Dealを決行。

 景気は,2020年1−3月以降,企業マインド悪化や,格下げによる資金調達コスト上昇,対内直接投資減少等を背景に設備投資が落ち込み,ポンドの下落や関税上昇に伴う輸入物価の高騰により,消費者物価は前年比4%弱へ加速,実質所得が減少する。株価や住宅価格の下落による逆資産効果も加わる結果個人消費も減少し,スタグフレーションに陥る。IMFの試算では,No Dealの場合,2020年の英国の実質GDPは4.7%ポイント押し下げられる。

 現時点で5割を超える様な圧倒的に高い蓋然性を持つシナリオは存在しないが,残留支持者の増加や労働党の国民投票再実施の確約,Lib Demブーム等を考慮すると,(3)の蓋然性が相対的に高く,上昇傾向。

 (1)については,総選挙に向けて「(Brexitを望む)国民VS(国民投票の結果を阻もうとする)議会」という対立の構図を確立できれば,保守党の単独過半数確保を経てEUに対する十分な譲歩が可能となるため,蓋然性は一定の水準が維持されている。

 (4)については,インパクトの大きさから警戒は怠れないが,保守党内のBrexit Partyへのアレルギーの強さ,英国のNo Dealへの対応の遅れ等を考慮すると,蓋然性は緩やかに低下傾向。

 (2)については,党大会を経ても労働党が国民投票実施時の党の方針を集約し切れていおらず蓋然性は大幅に低下している。

 以上の通り,今後数か月の政治とBrexitの展開次第で2020年以降の景気はマイナス成長から2%成長まで全く異なった姿が描きうる極めて不確実性が高い状況であり,十分な情報収集と柔軟かつアジリティの高い対応が必要とされよう。

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