世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1499

韓国はなぜ中国が恐ろしいのか

安室憲一

(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)

2019.10.07

 「中国が怖くないのか」。韓国の国民や為政者が日本に投げかける疑問だろう。韓国,北朝鮮を含む朝鮮半島に生きる人々にとって,歴史上,中国は「恐ろしい」存在だった。果たして日本人は中国を「恐ろしい国」と認識しているのだろうか。この中国に対する認識の相違が,両国の国際政治はおろか東アジアの地政学に決定的な違いをもたらす。

 日本人の大多数にとって,中国は「敬愛」すべき存在である。日本人を含めアジアに住む人々は「東洋史」の住人である。我々の文明の起源は中国にあり,西洋人のようなギリシア・ローマではない。日本は漢民族が最盛期を誇っていた唐の時代に中国から多くを学んだ。現在の京都や奈良の建造物や調度品の多くが唐の時代の建築様式・文明のスタイルを伝えている。日本人は,それらを国の宝として伝承し,大切に維持してきた。21世紀の今日,中国からの観光客は1200年前の中国のアーキテクチャ(建造物・様式・スタイル)を見て感動するだろう。長安の都は今の京都のように繁華であったろうし,奈良の大仏は当時のハイテクの華だった。唐の時代の建造物は,現代中国では殆ど見られない。モンゴル人や満州人の帝国により,文明の様式が変わってしまった。それを日本は1200年の時を超えて保存している。現代の中国人(特に漢族)は日本人の真心に感動するだろう。大多数の日本人にとって,そして知日派の中国人にとって,日中両国は「敬愛する国」ではあっても,恐ろしい存在ではない。しかし,朝鮮半島ではそうはいかない。

 16世紀末に豊臣秀吉が突然,朝鮮半島を侵略し(文禄の役1592〜1596年,慶長の役1597〜1598年),日本軍は一時朝鮮半島の大半を征服したが,明の救援と秀吉の死去によって撤退した。1600年に明の軍隊は撤収したが,次の災いが迫っていた。1619年,後金(後の清)のヌルハチが率いる軍勢が明・李朝朝鮮の軍勢と衝突した(サルフの戦い)。朝鮮国王の光海君は出兵を渋ったが,先の文禄・慶長の役における救援の恩義もあり,1万の兵力を出した。明・朝鮮の連合軍は装備で圧倒的に優れていたが,連携を欠いたため各個撃破され,4万5千人の死傷者を出して敗北した。国力を増強した清のホンタイジは,1636年12月,朝鮮に10万の兵を出し,各地を征服した。1637年2月,敗北した朝鮮国王の仁祖は清軍陣営に粗衣で出頭し,最上壇に座るオンタイジに向かって最下壇から臣下の礼を採ったとされる(丙子の乱1636〜1637年)。このシーンは韓国映画(「神弓」2011年作,キム・ハンミン監督)でも描かれており,民族痛恨の悲しい場面である。

 こうして朝鮮は清国の冊封体制に組み入れられることになったが,その代償は大きかった。黄金100両,白銀1000両,20余りの品物を毎年献上する義務を負わされた。このときに拉致され国民が後の朝鮮族の一部となった。この体たらくを招いた原因は,1636年に清の皇帝に即位したホンタイジが朝鮮に対して服従を求めたとき,朝鮮の朝廷内で服従派と主戦派が大激論となり,結局,大勢を占めた主戦派に押されて仁祖は清の要求を拒絶,対戦姿勢をとったことにある。これがホンタイジを激怒させ,朝鮮への侵攻を決意させた。仁祖は状況判断を誤ったのである。その後250年間,日本が日清戦争で清を打ち破るまで,朝鮮の隷属が続いた(ウィキペディア「中国朝鮮関係史」参照)。「丙子の乱」には,いくつかの教訓がある。新興国家の台頭を侮ると,ひどい目に合わされる。宗主国への義理や温情に流されると国を滅ぼすことになる,である(鈴置高史(2018)『米韓同盟消滅』新潮新書,第2章参照)。

 ここで,シミュレーションをしてみよう。文禄・慶長の乱を「日本の朝鮮併合」と「朝鮮戦争」,明国を米国,後金(清)を中華人民共和国,ヌルハチを習近平氏に置き換えてみよう。米国は日本の朝鮮半島支配を終わらせ,それに続く朝鮮戦争においても,韓国を防衛した。韓国は米国の安全保障体制のもとで国家主権を回復した。米国には多大な恩恵を被っている。これは,李朝朝鮮が明国に負った恩義よりも大きい。

 しかし,韓国の輸出の27%を占める中国には経済的に依存している。中国は強大な隣国として台頭してきた。もしも,このまま中国が強大化し,米国が衰退を続けるのなら,いずれかの時点で米国への従属から脱却し,中国を宗主国に仰がなければならないだろう。選択を躊躇すると,再び「丙子の乱」の屈辱に会わないとも限らない。

 強大な中国に対する交渉力を確保するためには,統一朝鮮が必要になる。韓国と北朝鮮の「南北連合」(仮に「高麗連邦」としておく)の形成が不可欠になる。韓国の経済力と北朝鮮の軍事力(特に核兵器体系)が結合すれば,中国への抑止力になる。仮に北朝鮮が非核化しても,核開発のノウハウと技術者が残れば,いつでも再開発は可能である。つまり,高麗連邦は,「潜在的核保有国」になれるのである。いつでも好きなときに「核保有国」に復帰可能という「政治的力学」が大国―中国,ロシア,日本および米国―への牽制となる。小国が近隣の大国を相手に対等の交渉力を確保するには,南北の統一が不可欠であり,そのためには民族主義の鼓舞が必要だ。民族主義にとって「反日」が一番わかりやすい。

 南北の統一のために,韓国の経済力を北朝鮮に波及させる必要があるが,それを阻止しているのが日米の「安全保障体制」であり,国連の制約である。韓国が北朝鮮そして中国に接近するためには,日米韓の安全保障体制の制約を緩めなければならない。まず日本を「反日」で牽制し,GSOMIAを解消する。次に慎重に米国から距離を置き始める。そして,少しずつ20世紀の地政学―日米韓の連携による東アジアの安全保障体制―から足を抜き,中国に軸足を移す。文在寅氏の夢は,2045年の「光復節」(開放100周年)に,「ワン・コリア」(南北統一)を実現することである。今の所,北朝鮮の反応は「拒否」である。韓国は北朝鮮に「うん」と言わすために,なんとしても援助を再開したい。それには米国と国連の許諾が必要だ。文在寅政権は米中貿易戦争が激化し,二者択一の圧力が強まれば,米国や国連の許諾なしに北朝鮮支援を再開,中国への接近に踏み出すだろう。韓国は「丙子の乱」のトラウマにより,誤った選択をするかもしれない。米国のグローバルな安全保障体制は連携の一番弱い部分から破綻を始めるだろう。

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