世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ブレグジットの混迷と深層
(富士インターナショナルアカデミー 学院長)
2019.09.30
筆者は先月9月5日と9日のイギリス下院(庶民院)の長時間ライブ放送をCNNで視聴した。直感的にそこに大きな違和感を持たざるを得なかった。というのは,1988年ロンドン赴任直後,イギリス議会傍聴の機会(当時,テレビ・ライブ放映はなく直接傍聴するしか議会の論争を見る機会はなかった)を与えられ,サッチャー保守党(与党)党首とキノック労働党(野党)党首の論戦を間近に見た。お互いペーパーを読むことなく,内政,外交,軍事全般にわたり,議論が白熱し,それぞれの後ろに控えるバックベンチャー(平議員)が質疑・意見を述べることは頻繁ではなかった。
それに引き換え,現在の議会の論戦は,ジョンソン首相に対する多くの党首の主張とヤジで,議論が収斂することなく,混乱だけが目立った。
現在の混迷を促進した要因を,私なりに整理してみると,
- 1.サッチャーの新自由主義路線とグローバル化によって弾き飛ばされた貧困層の増加と将来不安。即ち,EU加盟で,イギリスを目指した移民が増大し,自分たちの職場が奪われているという恐怖感(これは,トランプ政権を成立させたラストベルト地帯の市民感情と類似)が生じたこと。
- 2.既存の2大政党間の差異が希薄となり,ブレグジット党はじめ,多党化現象が起きたこと。
- 3.2016年に実施されたEU残留か否かを問う国民投票について,キャメロン首相が国民は離脱を望まないと思い込み,かつ離脱でどのような影響が出るかの十分な事前説明なしに投票に踏み切ったこと。次のメイ首相が,国民投票の結果が52:48という離脱賛成が僅差で上回っただけにもかかわらず,52%に傾斜・固執し,困難な中にも議論を深めなかったため,国内およびEUとの間に混乱が生じたこと。
- 4.9月9日の議会で,10月13日まで,あしかけ5週間の長期休会に入るというイギリス憲政史上の暴挙ともいうべき強硬策にジョンソン首相が踏み切り,混乱を増大させたこと。最高裁の議会開会命令で9月25日,議会開催となっても議論が収斂せず,相互の主張継続再開でしかないこと。
- 5.保守党,労働党とも党内での考え方に分裂が生じ,迷走に拍車をかけていること。
等があげられよう。
背景にあるイギリスの深層
元来イギリスは「大英帝国」の意識を保っており,同じ欧州といっても,ドーバー海峡の向こうの欧州は大陸ヨーロッパと呼び一線を画すことが多い。サッチャーは『回顧録』で,「EC共同体が主権を持つ自由国家の集合体から集権主義に転換した」と述べている。即ち,自国の主権がEC官僚に左右されることをすでに危惧していたのである。
この意識は,保守党を問わず,イギリス人の深層に現在もあると思われる。
第二次大戦を経験し,二度と戦争を起こさないという理念が根底にあって,独仏の和解を主軸として発足した欧州石炭鉄鋼共同体をコアとして拡大したEC共同体は,EUに発展し,28か国にまで拡大した。今回のブレグジットではかつての理念は全く考慮されず,EU,イギリス双方とも経済的利害の問題として捉えられている。イギリスは,かつての大英帝国の残滓をDNAとして背負ったまま,「合意なき離脱」の可能性も捨てきれない。そのバッファーとして,アメリカ,中国,日本,英連邦諸国との連携も念頭にあることが推測される。この点,日本はEU,イギリスのはざまで外交政策が試されることに留意する必要がある。
今後の問題点
イギリスが合意なき離脱に踏み切った場合の打撃はあまりに大きい。第一にアイルランド問題が再燃し,収拾なき混乱に陥る可能性大である。スコットランド独立も浮上する可能性も否定できない。
次に,経済的には,世界に誇るシティー(金融街)の凋落である。さらに,海外からEU市場を狙いイギリスに進出した製造業企業がはしごを外され,工場規模の縮小か,もしくは海外移転を考慮するだろう。
マーストリヒト条約(93年,欧州連合創設)を念頭に,ジェトロ・ロンドンが『EC1992』というシンポジウムを開催し,事務局代表として司会役を任された筆者は,320名を越える日本企業関係者の熱気を忘れることができない。
総選挙の実施になるか,再度の国民投票になるか,EUとの交渉がどうなるか,いずれにせよ,どうさまようかイギリス! これが筆者の率直な思いである。
(本稿は,進展中のブレグジットの動きを記したものであり,先の見えない混乱状況の中,結果の分析には至らず,突っ込んだ記述ではないことをお許し願いたい。)
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