世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4186
世界経済評論IMPACT No.4186

カンボジアと米国の関係改善:米が武器禁輸を解除,軍事演習再開で合意

鈴木亨尚

(元亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2026.01.26

 遡ること2022年12月23日,フン・セン・カンボジア首相の在カンボジア米大使館訪問のニュースで,国民はカンボジアが米国との関係を改善し始めたことを知った。フン・センは,ソコン副首相兼外務国際協力大臣,サコナ文化大臣,フン・センの三男で国民議会議員のフン・マニ(現副首相兼人事大臣),カオ・キム・ホーン次期ASEAN事務総長(現首相補佐特命大臣)を同行させた。フン・マニは,自らのSNSに「米国とカンボジア及び米国とASEANの地域協力について,米国との良好で密接な協力関係を再認識」と投稿した。また,在カンボジア米大使館も同様にSNSへ投稿,カンボジアのメディアも首相等の米大使館訪問を報道したことから,秘密裏に行われた訪問ではない。首相による大使館訪問という異例の行動で,両国が関係改善を進めており,その事実を広く知らしめる意図がフン・センにあったと考えられる。それは,人権問題や後述するリアム海軍基地問題で米国に譲歩するつもりはないものの,自身が首相のうちに関係改善に道筋を付けておきたいとの思いがあったのだろう。クリスマス・イブ前日のという日程設定も絶妙だった。フン・セン,マーフィー大使をはじめとする両国の代表団がクリスマス・ツリーの前で撮った写真がSNSや新聞に載った。これは米国に対する敬意を示そうとするフン・センの演出だったのだろう(注1)。

 2023年7月23日のカンボジア総選挙も,関係改善に関する重大な出来事であった。米国は国務省の声明で「選挙は自由でも公正でもなかった」として,民主主義を損なった個人に対して,ビザ制限や対外援助プログラムの一部停止措置をとり,政府に対しては,複数政党制民主主義の回復,政治的動機による裁判の中止,政府批判者の有罪判決の無効,独立系メディアの干渉なしの再開を求めた。他方,同年9月に第78回国連総会出席のためフン・マナエト首相が訪米しビクトリア・ヌーランド国務省副長官代行と会談したのを機に,バイデン政権は保健・教育分野に対する1,800万ドルのODAの再開を表明した。この段階で,米国はカンボジアに対して,民主化や人権状況,両国の抱える「その他の問題」の改善をめざす「関与政策」へ舵を切った(注2)。

 両国の抱える「その他の問題」とは主に2つである。

 第1に,リアム海軍基地問題である。これは,中国海軍がリアム海軍基地を長期的かつ排他的に利用可能な軍事基地にしているとの疑惑である。カンボジアは憲法第53条5項で「国際連合の要請の範囲内である場合を除き,自国の領土に外国が軍事基地を置くことを許さず,かつ,外国に自国の軍事基地を置くことを許さない」と規定している。ここでの軍事基地とは「軍事力の発動またはその支援の拠点として軍隊が駐留し,それに必要な軍事施設が置かれている地域」 をさす(注3)。しかし,2019年7月,ウォール・ストリート・ジャーナルは,かつて米国が資金援助し整備したリアム海軍基地の施設をカンボジア政府が取り壊した上で,中国による同基地のインフラを整備と引き換えに「同基地の一部を中国が30年間独占的に利用でき,その後10年ごとに自動更新する秘密協定を締結した」と報じた。これについてフン・センは同報道をフェイク・ニュースと非難し,「そのようなことは決して起こらない。なぜなら,外国の軍隊に基地を提供することはカンボジアの憲法に反するからである」と述べた。軍事基地の定義は上記のとおりであり,カンボジア政府がその定義を満たさないと判断すれば,外国の軍事基地も存在しないことになる(注4)。

 こうした状況が続く中,2024年6月4日にカンボジアを訪問したオースティン米国防長官は,2010~16年に実施し中断していたカンボジアとの合同軍事演習「アンコール・センチネル」の再開につき,フン・セン,フン・マナエト,ティア・セイハ副首相兼国防大臣らと協議した。タイ湾に面するリアム海軍基地は南シナ海の西端に位置し,ここに中国軍が駐留すれば,南シナ海への中国の支配力が拡大・強化されるだけでなく,重要なシーレーンであるマラッカ海峡へも中国のアクセスが容易になるため,米国はリアム基地問題を批判するだけでなく,「関与政策」に切り替えることで,事態の改善を図る方針に転じたと思われる。その後10月に,スン・チャントール副首相兼カンボジア開発評議会(CDC)第1副議長が,米国で講演し「リアム海軍基地の拡張工事が完了すれば,米国を含むどの国の軍隊でも同基地を訪問できる」と述べ,続く11月には,ソコン副首相兼外務国際協力大臣が,ウォーカー駐カンボジア米国臨時代理大使と会談,トランプ大統領の当選を祝福するとともに,両国が防衛政策対話を再開することに合意した。12月には米国海軍の沿岸戦闘艦「USSサバンナ」が,沿岸戦闘艦として,約8年振りにシハヌークビル自治港に寄港するに至った(注5)。

 「その他の問題」の第2は,オンライン詐欺問題である。これはカンボジアを拠点とする中国系オンライン詐欺組織が,米国市民に甚大な金銭的被害(2023年だけでも東南アジア全体で35億ドル)をもたらしている問題である。この課題に対処するため,2024年6月2日,ウィリアム・バーンズ中央情報局(CIA)長官が非公式にカンボジアを訪問し,フン・センと会談した。また,9月12日,米国財務省は,オンライン詐欺の拠点における人身売買被害者への虐待に関与したとして,企業グループ・トップのリー・ヨンパット上院議員と同氏が率いるコングロマリット「LYPグループ」に対し,金融取引と商業活動を制限する制裁を科した。ただし,米国は,これを理由として,カンボジアの現体制の正当性を否定するような言動はとっていない(注6)。

 2025年1月,第2期トランプ政権の発足に伴い,米国はカンボジアの民主化や人権状況の改善に関する関心は低下し,これにより,両国の関係改善はさらに進むことになった。この時点で両国の抱える「その他の問題」は3つである。上述の2件をレビューすると,先ず「リアム海軍基地問題など安全保障問題」。2月にはクラーク米陸軍司令官が司令官職として約11年振りにカンボジアを訪問した。一方,4月5日にはリアム海軍基地の地上部分の拡張工事が完了し,翌6日にカンボジアと中国の共同演習が同基地で実施された。但し,19~22日に海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」と掃海艇「えたじま」が同基地に寄港し工事完了後初の外国艦船寄港となった。米国の同盟国である日本の艦艇を受け入れることで,カンボジアとしてバランスをとったと思われる。続く27~29日,ベトナムの艦船も寄港した。一方で,5月14~28日,カンボジアと中国は,合計で2,000人以上の兵士が参加して,合同軍事演習「ゴールデンドラゴン2025」を実施した。

 10月26日,ASEAN関連行事の傍らで,フン・マナエトとトランプが会談,カンボジアの平和と安全への熱心な追求に基づき,米国はカンボジアへの武器禁輸を解除,前述の「アンコール・センチネル軍事演習」の再開に合意した。さらに,米国の陸軍士官学校(ウエストポイント)や海軍士官学校におけるカンボジア人将校の受け入れ枠拡にも合意した。武器禁輸措置は,2021年,カンボジアに対する中国軍の影響力拡大などを理由に,バイデン政権が導入していた(注7)。

 続いて「オンライン詐欺問題」である。2025年5月,米国財務省の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)は,カンボジアに拠点を置く「フイオン・グループ(Huione Group)」を「主要なマネーロンダリング懸念対象団体」に指定,厳しい監視対象とした。同グループの取締役の1人にフン・センの甥で,フン・マナエトの従兄にあたるフン・トー(Hun To)がいる。また,10月14日,米国財務省外国資産管理局(OFAC)は,英国外務・英連邦・開発省(FCDO)との緊密な協調の下,プリンスグープを「越境犯罪組織(Transnational Criminal Organization,TCO)」に指定,同グループの創業者チェン・ジー会長を含む128社18人に経済制裁を発動するなど,東南アジアのサイバー犯罪ネットワークを標的とした過去最大の措置を講じた。同グループは豚屠殺詐欺,マネーロンダリング(数十億ドルの違法資金洗浄),人身売買,強制労働,拷問,性的脅迫,腐敗,違法オンライン賭博,恐喝などを行い,その被害者は主に米国市民である。なお,2026年1月,カンボジア内務省は,中国政府に要請に基づき,チェン・ジーを逮捕し,カンボジア市民権を剥奪したうえで,中国に送還した。上述のとおり米国は,これを理由にカンボジアの現体制に否定的な言動はとってはいない。一方,両国は,上記の10月のフン・マナエトとトランプの会談で,麻薬密売業者やオンライン詐欺センターを含む国際犯罪組織対策への協力を拡大することで合意した(注8)。

 両国の抱える「その他の問題」の第3は「関税問題」である。交渉の結果,トランプ関税のカンボジアの関税率は19%で,タイ19%,ベトナム20%と同程度となった。

 さらに,米国との二国間問題ではないが,両国が関わる問題にカンボジア・タイ国境紛争がある。2025年7月以降,トランプがこれを仲介するようになった。電話会談を含めて,フン・マナエトとトランプなど両国の首脳や外交・国防関係者が交流することにより,信頼関係が高まっていった。10月の会談がフン・マナエトとトランプとの初めての会談だった。言葉を選ばずに言えば,対タイ国境紛争のおかげで,アジアの小国の首相であるフン・マナエトはトランプと会談することができたのである。カンボジアは,この機会を逃さず対米関係の改善を進展させた。カンボジアはもはや中国の代理人ではない(注9)。

[注]
  • (1)FRESH NEWS, 24 December 2025; Cambodianess, 24 December 2022.
  • (2)U.S.Embassy in Cambodia,Press Statement by Department Spokesperson Matthew Miller on National Elections in Cambodia, 24 July 2023; 山田裕史・新谷春乃「フン・セン首相の辞任と世襲内閣の発足」(アジア経済研究所編『アジア動向年報 2024年版』2024年)231頁。
  • (3)阿部齊・内田満・高柳先男編『現代政治学小事典【新版】』有斐閣,1999年,98頁。
  • (4)鈴木亨尚「カンボジア政治に対する中国の影響力」(亜細亜大学アジア研究所編『インド太平洋時代のASEAN』2024年)
  • (5)山田裕史・藤田麻衣「2024年のカンボジア:フン・センを頂点とする一族支配の確立」(アジア経済研究所編『アジア動向年報 2025年版』2025年)232~233頁。
  • (6)同上。
  • (7)U.S.Mission to ASEAN,Fact Sheet:President Donald J.Trump Secures Peace and Prosperity in Malaysia, 26 October 2025.
  • (8)Ibid.
  • (9)鈴木亨尚,前掲論文,35~43頁。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4186.html)

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