世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
もし中国が台湾を攻撃したら:GMFのレポートは何を語るのか
(九州産業大学 名誉教授)
2026.01.26
2026年1月上旬,米国ワシントンD. C. にある非営利・超党派のシンクタンク「米国ドイツマーシャル財団(GMF)」からレポート『もし中国が台湾を攻撃したら(If China Attacks Taiwan)』(60頁)が刊行された。本レポートは刊行後,大きな注目を浴びた。本稿はこのレポートを援用し,数回にわけて解説を試みる。
「序章」は編著のボニー・S・グレイザー(Bonnie S. Glaser)が執筆した。彼女はGMFインド太平洋部門責任者であり,米台関係研究の第一人者とも言われている。概要は以下のとおりである。
もし中国が台湾を攻撃したら
近年,台湾海峡における紛争の可能性とその帰結に関する研究は急速に増加している。これらの研究では,紛争の抑止,紛争の潜在的力学,考えられる紛争の結果に関連し,幅広い論点を扱っている。卓上演習では,米国,中国,台湾の戦闘能力とそのギャップを特定し,潜在的なエスカレーションをシミュレーションし,戦争終結に至るまでの理解を深める目的で活用されてきた。
他方,台湾海峡における紛争が中国自身に及ぼす影響,習近平国家主席のリスク計算(損得勘定)が台湾への武力行使の意思決定にどのような影響を与え得るのかという点については,十分な注目が払われてこなかった。しかし,いかなる状況下で北京が台湾に対して攻撃的行動を取る可能性があるかを理解する上で,習近平のリスク計算は,極めて重要である。それは武力行使の決定が中国にとって,習近平自身にとって,政治的・経済的・戦略的に極めて深刻な帰結を伴うからである。
習近平は,自身の政治的正当性を,2049年までに「中華民族の偉大な復興(チャイナ・ドリーム)」を不可逆的な軌道に乗せるという目標に結び付けてきた。そして,台湾を「祖国」と再統一することは,この目標を達成するために不可欠であると位置付けられている。しかしながら,台湾をめぐる軍事衝突は,大規模な経済混乱,壊滅的な軍事的損失,深刻な社会不安,さらには国際的な制裁による甚大なコストを引き起こす危険性を孕んでいる。これらは習の「チャイナ・ドリーム」を悪夢へと転化させ,彼の政治的権威を根底から揺るがしかねない。
したがって,習のリスク計算においては,武力を用いても統一を達成することによる政治的なメリットと,それに伴う潜在的なコストとを慎重に比較し,衡量する必要がある。将来の中国による台湾に対する行動を理解するためには,このリスク認識の中核的役割について,これまで以上に踏み込んだ分析が求められる。
GMFの報告書は,この研究上の空白を埋めることを目的として,台湾に対する武力行使が中国に与える影響を,以下の4つの主要分野において分析する。すなわち,①中国の経済的エスカレーションのジレンマ(ローガン・ライトおよびチャーリー・ヴェストが執筆),②軍事能力(ジョエル・ウースノウが執筆),③社会的安定における潜在的リスク(シーナ・チェスナット・グレイテンズおよびジェイク・リナルディが執筆),④国際社会の反応および国際的コスト(ザック・クーパーが執筆)である。各論点はそれぞれ独立した論考において分析されているが,これら4つの分野は相互に密接に関連しており,その点は本報告書の結論において改めて論じられる。
台湾への武力行使には,その火力および継続期間の点で多様なシナリオが想定される。本報告書では,4つの論考間で比較を可能にするため,執筆者に対して2つの基準シナリオを提示した。1つは「限定的紛争」,もう1つは「大規模紛争」である。両シナリオの詳細は後述する。
これらのシナリオを提示するにあたり,具体的な「引き金」となる事象は設定されていない。ただし,実際には,紛争の原因を引き起こしたと国際社会が認識することで,その対応は大きく変わり,またその結果で中国経済や社会的安定に影響を及ぼす可能性がある。紛争時には複数の主体がそれぞれ異なる解釈を行うため,誰に責任があるかの判断は国ごとに異なることになる。
また,執筆者には,「限定的紛争」と「大規模紛争」の中間に位置する事例を検討することも認められている。これは,経済的・軍事的・政治的・国際的コストが,シナリオの違いに応じて連続的ではなく不連続に変化する可能性があるためである。すべてのシナリオは,2026年から2030年の間に発生するものと想定されている。
最初のシナリオは,数週間にわたって続く限定的紛争である。この場合,中国の艦船および航空機が,熾烈な空中・海上衝突が相次いだ後,台湾を包囲する。人民解放軍(PLA)は,台湾の主要港湾に対する「検疫封鎖」を試みるが,米国が介入し,米艦艇が商船を護衛して封鎖海域を通過させる。ここでは,空および海における事案で,中国および台湾の数十名の軍人が死亡したと想定されているが,外国人戦闘員の損失は生じない。最終的に双方が緊張緩和に合意し,比較的低強度かつ短期間の紛争として終結する。
第2のシナリオは,数か月に及ぶ大規模な紛争であり,人民解放軍の敗北に終わる。紛争は,台湾に対する水陸両用侵攻から始まり,人民解放軍の初期ミサイル攻撃が台湾の軍事目標および日本,グアムに所在する米軍部隊を標的とする。中国の人民解放軍は台湾に上陸するものの,台湾および米国による台湾海峡横断中の艦船・航空機への継続的な攻撃によって,補給および増援が妨げられる。数か月に及ぶ激戦の後,人民解放軍は約10万人の人員を失い,本土へ撤退する。
台湾は軍人約5万人および民間人約5万人の死傷者を出し,米国は軍人5000人および民間人1000人,日本の自衛隊1000人および民間人500人を失う。それ以外に外国人損失は想定されていない。紛争は,人民解放軍が台湾本島から撤退する一方で,金門島および馬祖島を引き続き支配する形で終結する。
これらのシナリオの目的は,台湾有事が必ずこのように展開することを主張することではない。むしろ,失敗した台湾海峡作戦が中国にもたらすコストを,より具体的に描写するための分析枠組みを提供することにある。重要な留意点として,執筆者は4つの分野についてそれぞれ独自の評価を行うよう求められており,習近平(あるいは後継者)の立場に立って意思決定を行うことは求められていない。実際,北京の指導部は,これらのシナリオにおけるコストを過小評価,あるいは過大評価する可能性がある。
仮に北京が台湾に対する行動のコストを高いと認識していたとしても,政治的判断によっては,リスクが大きいにもかかわらず行動に踏み切る可能性がある。国家指導者はしばしば,高いコストを伴う選択であっても,メリットが大きい,あるいは政治的要因によって判断すれば実行に移す。たとえば,習近平が台湾への武力行使を中国からの恒久的分離を阻止する目的で行うと判断した場合,人民解放軍が大きな損害を被ると予測していても,台湾に対して行動を起こす可能性は高い。
総じて,本報告書に収められた各論考は,台湾に対する軍事作戦が失敗した場合,中国が被るコストが極めて甚大であることを示している。これは,北京に武力行使を思いとどまらせることを意味するものではない。しかし,台湾をめぐる紛争において中国が必ず勝利すると安易に想定することは誤りである。水陸両用作戦の失敗の歴史は長く,本報告書は,中国主導の紛争が失敗した場合,同国の経済,軍事,社会的安定,そして国際的地位に深刻な悪影響が及ぶことを明らかにしている。
[注]
- Bonnie Glasen ed., If China Attacks Taiwan, GMF, 2026
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