世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1479
世界経済評論IMPACT No.1479

新しい冷戦? 米国の対中経済政策「関与」から「牽制」へ

三浦秀之

(杏林大学総合政策学部 准教授)

2019.09.09

 トランプ政権は,9月1日,1974年通商法301条に基づき中国への制裁措置として中国からの輸入品ほぼすべてに追加関税を広げる「第4弾」を発動した。筆者は8月末から米国ロサンゼルスに滞在する中で期しくも9月1日を迎えることになったが,今のところ市中では目立った混乱は生じていないように感じた。とはいえ,これまでの3回にわたる追加関税は,米国の実体経済に確実に影響を及ぼしていると感じられるものがあった。ロサンゼルスのある小売店に訪れた際,いくつかのショップオーナーに関税の影響があるかどうか問いかけてみた。すると,あるスーツケースを販売する店舗のオーナーは深刻な表情を浮かべた。スーツケースなどの旅行関連用品は,昨年9月24日に発動された追加関税「第3弾」において10%の追加関税が課され,さらに本年5月10日に10%から25%に引き上げられた。同店で扱う80%以上の商品が中国製であるといい,追加関税の発動とともにメーカー側から即座に値上げが通達されたという。これまで400ドルで販売していたスーツケースも,500ドルに値上げしなければならず,顧客からの反応は芳しくないようである。アパレルを扱う他の店舗の責任者は,本部が12月に予定している追加関税に不安を抱えており,追加関税分を価格に転嫁するかどうか迷っているという。値上げによって顧客を失うよりも,価格を企業側で吸収した方が良いという判断であろう。このように市中においてトランプ政権の対中経済政策がもたらす悪影響を不安視する声が高まる中で,同政権が痛みを伴ってまでも強硬な対中政策を続ける背景には何があるのであろうか。このような政策が果たして今後も継続するのであろうか。ペンス副大統領による演説から間もなく一年を迎えるこのタイミングで,あらためてトランプ政権の対中政策を考えてみたい。

「関与」から「封じ込め」を彷彿させる「牽制」へと転化した米国の対中政策

 2018年10月4日,保守系シンクタンクのハドソン研究所で行われたペンス副大統領による演説で,米国の対中政策が大きく転向したと言われる。同センターはマイケル・ピルズベリーが所長を務めている。ピルズベリーは「パンダ・ハガー(親中派)」として知られていたが,「中国共産党の100年マラソン」を記し,「将来,米国を経済的・軍事的に凌駕し,米国に代わって覇権国となり,あわよくば全世界を植民地化する」と論じ「ドラゴン・スレーヤー(反中派)」へ転向したと言われている。ペンス副大統領は演説において「中国は挑発的な方法で私たちの国内政策と政治に介入している」として,中国の貿易・投資をめぐる不公正行為,知的財産権盗用,ハッキングとスパイ行為,一帯一路による外交などを徹底非難した。この演説を受けて,ウォルター・ラッセル・ミードは「1971年のキッシンジャー訪中以来の米中関係の大転換である。第二次冷戦がはじまった」と論じ,フレッド・ザガリアは「中国を敵とする米国の戦略上の重大な転換」「われわれは今や中国との新冷戦に突入した」と言及している。また,田中明彦も「現在の米中対立は,単なる貿易戦争ではなく,似ている現象を探すとすれば,米ソ冷戦に匹敵する」という。

 冷戦後の米国歴代政権は,中国に既存のリベラルな国際経済秩序に挑戦させるのではなく,それを強化することに利益があることを中国に理解させることで,国際経済秩序に中国を組み込もうとしてきた。すなわち中国を「牽制」するのではなく,米国が中国に「関与」することで,中国を国際経済秩序に「関与」させようとしたのである。しかし,オバマ政権において国務省でアジア外交を担ったカート・キャンベルとイーライ・ラトナーは,フォーリン・アフェアーズ誌で「中国がやがて国際社会にとって望ましい存在になるという前提を捨て去ることが必要だ」「あらゆる立場からの政策論争が間違っていた。中国が段階的に開放へと向かっていくことを必然とみなした自由貿易論者や金融家,国際コミュニティへのさらなる統合によって北京の野望も穏健化すると主張した統合論者,そして米国のゆるぎない優位によって中国のパワーも想定的に弱体化すると信じたタカ派など,あらゆる立場からのすべての主張が間違っていた」と論じる。オバマ政権期の元高官が自ら行ってきた政策を自省するかのような論調は異例であり,共和党と民主党が党派を超えて対中認識を一致させていると考えられる。結果的にトランプ政権下における米国の対中経済政策は「中国の不公正貿易慣行を牽制すること」に収斂していったと考えられる。

米国の対中政策の今後を占う

 現在,米国は中国に対して,貿易赤字の削減のみならず,「中国製造 2025」の見直し,国有企業への政府補助金停止,中国の知的財産権侵害や外国企業への技術移転強要の停止といった不公正な貿易慣行の是正などを要求している。これまで米国が築き上げてきた産業構造における覇権を維持することがこれら一連の強硬な対中経済政策の原因であったならば,対立は長期化する可能性がある。実際,スティーブン・バノン元首席戦略官兼上級顧問は「トランプ大統領は当初から対中投資を撤退させ,グローバルサプライチェーンのリセットを計画していた」と論じる。現状のトランプ政権の貿易政策を見る限り,2016年,大統領選挙の最中にウィルバー・ロスとピーター・ナヴァロが策定した「トランプ・トレード・ドクトリン」,すなわち「どんなディールも経済成長率を高め,貿易赤字を削減し,米国製造業の基盤強化につながらなければならない」という考え方に戻づいた動き方をしている。

 これまでトランプ大統領の狙いが,短期的には次期大統領選挙における再選であり,そのために米中貿易協議において貿易赤字の削減が実現できればディールが成立するのではないかとメディアなどでしばしば言及されてきた。ただ米中貿易協議は,原理原則を重んじる対中強硬派のライトハイザーUSTR代表などが牽引し,中国の不公正貿易慣行が正されない限り対中圧力が緩和される可能性は低いと考えられる。また,強硬的な対中政策は,共和党のみならず民主党からも支持されていることから,トランプ大統領が,中国と何かしらのディールをしたとしても,対中強硬が蔓延している議会が姿勢を変える可能性は低い。

 以上のように,米国経済が痛みを伴っても,また魅力的なディールが中国から示されたとしても,結果としてトランプ政権による強硬な対中政策はしばらく続く可能性があり,米国企業がグローバルサプライチェーンから中国を切り離さざるを得ないという未来も現実味を帯びてきている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1479.html)

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