世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1894
世界経済評論IMPACT No.1894

デジタル貿易をめぐるルール形成の重要性

三浦秀之

(杏林大学総合政策学部 准教授)

2020.09.21

 COVID19の感染の拡大が進む中で,デジタル経済と技術の活用は,パンデミックの影響緩和及び更なる経済成長に必要不可欠であるという認識がなされ,例えば,本年5月5日に発出されたAPEC貿易担当大臣による新型コロナウイルス感染症に関する共同声明では,「電子商取引に関するAPECのデジタルアジェンダを強化する」ことが謳われた。他方で,近年,中国をはじめとする新興国を中心に「データ保護主義」とも呼ばれる動きが拡大している。電子商取引や電子決済が急成長した中国で膨大なデータの蓄積が進み,その利用に関して,中国は,サイバーセキュリティ法を2017年6月に施行し,業務上必要な個人情報あるいは重要データの越境移転を規制するとともに,データサーバーを中国国内に設置し,そこにデータを保存することも求めている。また,データ安全法と呼ぶ新法の制定も進められている。こうした中で,日本のイニシアティブにより,日米欧三極を中心に,国際的な電子商取引に関する規律の必要性を求められている。

 電子商取引に関する歴史を紐解くと,1998年5月に開催されたWTO第2回閣僚会議において,米国からの提案を受け「グローバル電子商取引に関する宣言」が採択されて以降,WTO,OECD,APECなどにおいて,電子商取引の規律について議論がなされてきた。そのルール形成において,電子的送信物に対して関税を賦課しない(モラトリアム)原則などの成果はあるものの,多国間枠組みの形成は未だに結論には至っていない。こうした中で,近年,積極的なルール構築に向けた動きが展開されている。こうした動きは,まずFTAなどによる2国間ベースで進められた。2003年に署名された豪・シンガポールFTAにおいてはじめて電子商取引を明示した章が設けられた。また日本が締結したEPAにおいても,日本・スイスEPAを皮切りに,日・オーストラリアEPA,日・モンゴルEPA,CPTPP,日EUEPAなどにおいて,電子商取引に関する章及び節などが含まれている。特に,CPTPPでは,「事業実施のための国境を越える情報移転の自由の確保」,「サーバー等コンピュータ関連設備の自国内設置要求の禁止」,「ソースコードの開示・移転要求の禁止」というような,電子商取引に関する包括的かつ高い基準のルールが盛り込まれた。

 こうした中で,2017年12月に,アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたWTO第11回閣僚会合では,日本の世耕弘成経済産業大臣が,豪州のチオボー貿易・観光・投資大臣,シンガポールのリム貿易大臣とともに電子商取引閣僚会合を主催し,71か国・地域が,電子商取引に関する共同声明を発出した。同声明において参加国は,電子商取引の貿易関連側面に関する将来的なWTO交渉に向け,試験的な作業を始めることに合意した。これを受け,2018年3月から,WTOでの電子商取引に関する交渉会合(有志国会合)が開催された。そして,2019年1月25日に,スイスのダボスで開催されたWTOの電子商取引に関する非公式閣僚会合では,国際貿易の90パーセント以上を代表する76のWTO加盟国が,電子商取引に関する交渉を開始する意思を確認する共同声明を発出した。また,同時期にダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会において,安倍首相は,G20大阪サミットにおいて,デジタル経済,特にデータ流通や電子商取引に関する国際的なルール作りを進めていくプロセスである「大阪トラック」の立ち上げを提唱し,「DFFT=Data Free Flow with Trust」の重要性を訴えた。そして,2019年6月に,米中貿易摩擦のさなか開催された日本が初めて議長を務めたG20サミットでは,「大阪トラック」開始に関する合意がなされた。

 他方で,冒頭に記した中国をはじめとする新興国は,大阪トラックの創設に賛同を示しながらも,ルールのあり方についてG20参加国の意見の隔たりがある。米国は安全保障上の情報以外は基本的に自由にデータの流通を促すべきであると主張し,日本も基本的に同様のスタンスであるが,EUは,2018年5月に個人情報の保護強化を狙って一般データ保護規則(GDPR)を施行させた。個人のプライバシーを重視するEUと官民ともにデータ活用に積極的な米国とは温度差があるものと考えられる。ただしEUは,匿名性の高いビジネスデータについては自由に流通させてもよいという主張である。一方,中国をはじめとする新興国は,基本的に国家がデータを管理する考え方であり,外国企業には国内のデータを自由に活用させることに対して規制を課すことを狙っている。欧州国際政治経済研究所(ECIPE)によって公開されている世界64カ国・地域におけるデジタル貿易関連の規制を調査しているDTRI(Digital Trade Restrictive Index)によると,中国によるデジタル貿易関連の規制が最も厳しく,ロシア,インド,インドネシア,ベトナムなどのアジア各国がそれに続いている。

 こうした中で,米国は,2011年に制定されたAPECの越境プライバシールール(CBPR)について加盟各国に見直しを提案しているという。米国の提案の目的は,ルールをAPECの枠組みから独立させ,特異な規制でデータを吸い上げる中国の除外を狙っているものと考えられる。本年6月にカザフスタンで開催が予定されていたWTO第12回閣僚会合がCOVID19による感染拡大を受け中止されたが,2月に行われた有志国会合では具体的な議論が行われたという。どのようにした電子商取引のルールを各国が形成することができるかあらためて模索する必要がある。日本はTPP11において先駆的な電子商取引に関するルールを形成するとともに,大阪トラックを創設するなどイニシアティブを発揮してきた。今後も国際フォーラムの場などを通じ,ルール構築の必要性を訴えることが重要である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1894.html)

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