世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1444
世界経済評論IMPACT No.1444

トランプ流交渉術,限界効用逓減が明白に

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2019.08.12

 来年11月の米国大統領選挙まで,あと1年3カ月。今では明瞭になった,トランプの再選戦略と外交姿勢の密接な関連を,改めてここで見直し,総括しておこう。

 第一は,当初,米国ファーストを標榜して,常識パターンを破り続けたトランプ外交も,今では,トランプの,トランプによる,トランプのための交渉,になり果ててしまっている。大阪のG20会合直前,米国議会の証言で,中国との交渉妥結可能性を問われたライトハイザ―通商代表が,「トランプ大統領次第」と応えたのは,今の対中交渉の実態を余す処なく示す,その意味での典型事例ではなかろうか。

 そして,そこには,トランプ以外,全て事務係,の構図が窺われる。幾ら事務係が相手と交渉を積み重ねても,最後の段階で御大がノーと叫べば,それで全て終わり。

 問題は,交渉相手の側が,そうした米国側の内情を相当詳細に理解し始めていること。具体的には,先ず相手側の眼には,トランプ政権内部の交渉遂行体制で,上と下とが上手くかみ合っていないと認識され始めている。上(トランプ)の最大関心が,選挙での再選に在り,下(担当閣僚級以下)もそれを知ってはいるが,上の焦点がころころ変わり,下は下で決断能力を十分与えられていない。

 次いで,相手方の眼には,米国では,上の判断があって交渉が始まり,上の決断があって交渉が終了する,との認識が定着していること。そのため,米側の事務方の折衝そのものも,大まかなままで,十分詰めがないままになりがち。だから,結果,皮肉なことに,上も,交渉内容不十分と断ぜざるをえなくなってしまうことが,往々にして発生する。

 更に,事務的折衝が幾ら行き詰まっても,米国の上は,相手方トップとの個人的関係は良好に保とうとする。北朝鮮しかり,中国しかり,ロシアしかり。トランプの眼には,交渉相手と,折衝内容とは別物,と映っている。そうなると,米国の事務方は,益々,困難な立場を強いられ,結果,事務係に終始してしまうというお粗末な顛末。

 第二は,米国絡みの通商摩擦は,かつては経済紛争が発生しても,安全保障への配慮が働き始めると,対立は次第に鎮静化していった。しかし,トランプ政権下では,いきなり安全保障が前面に来て,経済の相互依存の実態が,その対立の渦の中に巻き込まれる。そんな事例が多くなったようだ。対中ハイテク摩擦などは,そうした代表例。

 しかし,ここには注釈がいるだろう。今の米国が本腰を入れて対立しているのは,中国であり,ロシアあり,イランであり,北朝鮮等など。いずれも,相手にしているのは体制が異なる国々。

 加えて,こうした対立は,背景に,米国の相対的地位の低下があって,トランプが交渉を求める問題意識そのものも,実はそうした地位低下の現実にあるのだから,対立の範囲が経済領域に留まらず,安全保障分野に波及するのも,その逆に,安全保障分野での対立が,経済分野に浸透してくるのも,或る意味,当然の帰結だといわざるをえない。

 第三は,同じ事の裏返しとなるが,争点を限定化するよりも,争点を拡大化する方向に流れが向かう点だろう。これには,トランプ流の交渉戦術観も大きな影響を与えている。

 或る交渉を開始する。相手に圧力を与えるため,強硬策を示唆する。示唆が効かなければ,実際に強硬策を講じてみる。かくして一旦開始した交渉は,範囲を拡大し続ける。トランプ自身の言葉を引用すれば,「常に,勝つために戦うこと」。交渉も亦,戦いである以上,勝たなければならないのだ。そのために,押して,押して,押しまくるというわけだ。

 そんな交渉哲学である以上,“融和”という立場は出て来ようがない。国同士,一旦対立の構図が出来ると,放っておくと,対立項が増え続け,何時の間にか問題が単純な方程式から,複雑な連立方程式に変質する。そうなると,対立の解消など望むべくもない様相を呈してくる。

 第四は,トランプの最終的な戦略目標が今や,大統領再選に置かれているとすれば,対立の維持そのものが,選挙戦の観点からは,むしろ有利と判断される事態も出てくる道理だろう。対中,対ロ,対北朝鮮等,いずれも融和よりは対立が票になりそうな相手ばかり。唯,そうした対立相手でも,選挙戦術上の必要が出てくれば,何時でも交渉入り出来ることが望ましい。だからこそ,前述のように,「トップ同士は仲良し」,と謳い続ける必要もあるわけだ。唯,トランプが必要な時に,相手のトップも,トランプを必要とするかどうかは,その時点でのトランプの国内基盤が強いかどうかに,決定的に左右されることであろうが…。

 かくして,上記四点の意味するところが,自ずと明白となる。

 先ず,一つ一つの交渉戦術の限界効用が,次第に低減して来ていること。

 二つは,当初は交渉のための対立強化・鮮明化だったのが,戦略目標上,自らの再選がより大きなウエイトを占め始めると,その戦略目標達成のため,交渉による解決よりも,強硬姿勢での対立維持に,より大きな価値が出来て来つつあること。冒頭,トランプの,トランプによる,トランプのための交渉に為り果てた,と帰した所以である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1444.html)

関連記事

鷲尾友春

最新のコラム