世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1435

「日本型市民社会」は世界の模範たりうるか

高橋岩和

(明治大学 名誉教授)

2019.08.05

 EUにおける資本主義と市民社会,経済のグローバル化と市民社会といった題で,とりわけ欧州各国で今日みられる「市民社会の反乱」とでも呼びうる現象についてこれまで述べてきた。ここで「市民社会」とは西欧において歴史的に形成されてきた概念であるが,その意味は「教会や国家の権威から解放された支配のない市民の生活」であり,経済的側面から言えば「平等かつ自由な経済主体の純粋な交換市場社会」(ヘルマン・ヘラー『国家学』未来社)である。日本においても,このような意味での「市民社会」は,とりわけ明治維新以降今日まで歴史的に形成されてきていると考えられるが,これを「日本型市民社会」と呼びうるとすれば,今日それをどのようなものとして特徴づけうるかについて考えてみたい。

 第一に,「市民社会」が西欧において歴史的形成物であるという点で,「日本型市民社会」においてもこれを歴史的形成物として理解しうるかという点が問題となる。自由・平等といった市民社会を支える理念は,西欧では中世都市に生まれた商人ギルドの中に発生した市民意識にその根源を求めることができるといわれる(増田四郎『西欧市民意識の形成』講談社学術文庫)。この点,「日本型市民社会」においても今日自由・平等が市民社会を支える理念とされていることは憲法の人権保障規定(憲法13条,14条参照)からも明らかであるが,それらを中世・近世社会における市民意識の中にまで遡らせることができるか否かが問題となる。これは,浄土真宗の門徒商人たちの中に育まれた「楽市・楽座の思想」や近世における畿内綿花栽培農民達の対問屋取引の自由運動における反独占意識,さらには東阪間の取引における独占に対する幕府による「株仲間の解散」命令とそれに伴う自由競争の活発化などを例として,そのような自由・平等に係る市民意識が萌芽的に形成されていたということはできるであろう。さらに,その淵源をたどれば,仁徳天皇の民の竈の話を理想として人々が平等で,差別がなく,相互扶助で生きてゆくという社会を理想の姿として営々と歩んだ古代の歴史にも行き着くであろう(たとえば班田収受の法の採用とその失敗の歴史など)。

 第二に,西欧においては,自由・平等の市民意識を持った生産者や商人たちにより形作られる交換市場社会はなによりも法により守られるものであった。西欧中世において,法は神により定められた倫理であり,永久不変の正義であると観念され,「一切の権力は,この自然法のまえにかしずかねばならない」とされた(伊藤正巳『イギリス公法の原理』弘文堂)。この「法の支配」の原理が近代にも継承され,西欧の市民社会は法により規律される社会となったのである。

 日本においては明治維新期に西欧的な法思想と各種法典が継受され,「法の支配」を原理とする法治国家の建設が理想とされた。明治政府は,治外法権の撤廃に成功し,明治24年(1891年)の大津事件では司法権の独立(裁判所の独立)を守った。ロシア皇太子の遭難に際して,傷害罪に対しては懲役刑が最高刑であるところ,皇族に対しては死罪を言い渡すことができる日本刑法の規定を外国の皇族にも準用して死罪に処すべきとする政府の圧力が大審院に加えられたが,この圧力に耐えて大審院は犯人に懲役刑を科したのである(尾佐竹猛『大津事件』岩波文庫)。同事件の処理における司法権の独立(裁判所の独立)は日本の裁判所の最高の誇りとして今日に及んでいる。こうして,日本型市民社会においては,法治国家の理想が長年に亘って追求され,今日市民生活は法による規律が最高度におけるレベルで守られるものとなっているといえよう。

 第三に,日本型市民社会においては今日政治における「議会制民主主義」と経済における「社会的市場経済」が極めて高いレベルで実現されている点が特徴といえよう。これは政治面では,明治憲法の大改正により国民主権と国民統合の象徴である天皇のもとでの議会至上主義が導入された結果であり,経済面では,独占禁止法の導入により市場経済の中心たる価格メカニズムが機能し,中小企業を当事者とする取引の公正が図られ,安全性の確保と選択の自由に係る消費者の権利の実現が進んだからである。

 第四に,日本型市民社会は安全保障の面でも世界の先進的制度を作り出した。憲法9条の戦争放棄条項は1928年の「不戦条約」の国内法化であるが,同条約においては「戦争は違法化」され,許されるのは「自衛の戦争」のみである。今日いかなる国も,もはやナポレオン戦争にみるように政治の手段として戦争に訴えるー戦争権を主張するーことは出来ない。このような安全保障の枠組みのなかでは,自衛力は脅威の大きさに均衡してなければならないが,緊張の度を深める東アジアの今日的状況の中で日本の自衛力は現在明らかに不足している。この不足分は他国の軍事力に依存する形をとっているが,自国の安全保障を自力で達成できない日本の姿は世界の模範となることは出来ないであろう。ただ,今日の安全保障が集団的なものでしかありえない現実を踏まえれば,現在のシステムは方向としては正しく,課題は,現在の自衛力を他国のそれと全体として均衡するまで強化することであろう。

 以上「日本型市民社会」の構成要素について四点に亘って述べてみた。これらに加えて科学技術力,各領域における文化面での力,さらには社会生活における安定性・安全性が社会形成の重要な構成要素となることは言うまでもない。これらの要素の中で将来的に最も重要性を増すのは「司法権の優位性」に裏打ちされた「法の支配」の高いレベルでの実現であろう。国王の権力の上に立つ「法の支配」というイギリス流の法治国家の理想,「人間の尊厳は不可侵である」と規定する基本法1条は「自然権」の規定であり改正することは許されないとするドイツ流の法治国家の理想に匹敵する「日本型の法治国家の理想」をいかに形成してゆくかということが今後の最大の課題であろう。もう一点付け加えるならば,欧州各国に多く見られる大量の移民を受け入れた結果としての「サラダボール」化した社会,また多くの都市でみられる夕刻以後は近づきにくい地区を抱えた社会となることを上手に回避してみせるということが,「日本型市民社会」が今後世界の模範となるための不可欠の条件であろう。

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