世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1414

2000年代におけるEU政策ベクトルの変化と,欧州2020戦略の行方

平田 潤

(桜美林大学院 教授)

2019.07.15

 EUではマーストリヒト条約(92年調印)に基づき,通貨統合に至るプロセスで,歴史・経済〔力〕・社会・文化等など異なる各国の法定通貨を廃し,新たな人工通貨「ユーロ」を導入するという,壮大なイノベーションを成功させた。同時に各国が,ユーロ参加に必要な経済の収斂条件を実現させるために,それまで様々な国内事情等で躊躇していた改革を断行し,経済体質を改善させていったことが,域内格差を縮小させると同時に,EUの求心力を高めることとなった。

 そしてユーロ誕生を契機として,域内ではWIN/WINの関係が成立し,ユーロ圏を核とするEU経済のプレゼンスは,質・量ともに着実に拡大をみたのである。

 しかし通貨統合が成功(1999年)した後のEUの政策ベクトルは,2000年代に入り,経済のグローバル化が加速するなかで,変容していったとみられる。

 EUの政策ベクトルを3つのジャンルに大別すると,A:統合の深化に資する政策,B:統合の拡大を進める政策,C:EU主導のグローバル戦略,となる。

 Aは,a:リスボン戦略(2000年)は未達成で,aa:EU憲法を批准できず(2004年),aaa:銀行同盟はギリシャ危機以前には進展せず,aaaa:財政統合化は先送りが続く。

 Bは,b:新たに中東欧/バルト3国等10か国が加盟(2004),更にルーマニアなど3か国が加盟して,28か国体制に拡大した,bb:ニース条約(2001年)やリスボン条約(2007年)により,全加盟国一致原則でなく特定多数決が採用されていく。

 Cは,c:グローバル・ヨーロッパ政策(2006年欧州委員会)の推進,cc:FTA戦略の多方面展開,ccc:国際標準化戦略の推進(EU理事会決議(2004))で「欧州基準」の「国際基準化」に向けての努力を明記,となる。

 まずA:統合の深化に資する政策(本来は「最適通貨圏」とは言えない国々が含まれるユーロ圏を維持・安定させ,かつEUの地域内経済格差を着実に縮小していくためには,不可欠である)を新たなビジョンを設定し,各国を説得しつつ展開し,地道に成果を挙げることは容易ではない。

 一方2000年代,IT革命によるイノベーションが急速に展開する米国や,WTO加盟(2001年)やグローバル経済の製造拠点化により経済の高度化・急成長を達成した中国に対抗し,世界経済でリーダーシップを行使していくためにも,国際間のルール作り・設定に長けたEU(ユーロ圏)が強みを発揮できる領域=国際会計基準などの各種グローバルスタンダード設定,特に環境分野における各種規制の枠組み作りや,様々な産業・製品における「国際標準化戦略」など=をテコとする,C:EU主導のグローバル戦略を積極的に推進していった,といえよう。

 また通貨統合により求心力が著しく高まったEUのエネルギーは,90年代末から2000年代にかけての冷戦終結・ソ連圏崩壊に伴う,中東欧諸国の市場経済化の波の中で,B:統合の拡大を進める政策(領域的にも経済的にも)に向かった。その結果,米国と並び対抗できる大きな先進国経済圏であるEU(ユーロ圏)のプレゼンスが増大した反面,これまでの加盟国民からの遠心性は徐々に高まっていった。さらに通貨統合後,新たな方向性の確立を巡って加盟国(とくにドイツ,フランス,英国間)でコンセンサスが容易に得られなかったという背景もあった。

 結局,金融政策の統合に続くEU域内の銀行同盟から,財政の統合化,そして政治同盟といった,統合を一段階進化させていく政策は,2000年代では大きな進展を見せずに終わった。一方で,EU(ユーロ圏)全体に関わる危機予防・危機管理(経済・金融危機)を展望した,共通政策の策定がなおざりになった。そして2000年代央まで続いたユー(ロ)フォリア,域内投資バブルがはじけるなかで,各国及び各国民の反発は徐々に高まりつつあった。その政治的な顕れの一つが各国の「ポピュリズム」台頭といえよう。そして2009年に発生した「ギリシャ債務危機」(および,その連鎖)によって,EUの様々な内部矛盾・構造問題が一挙に露呈したのである。

 さて,通貨統合を達成したEUがさらなる経済成長の基本戦略として策定したのが,2000年「リスボン戦略」である。同戦略は,90年代以降のIT革命を背景としたグローバル経済の質的進化に対応して,A:「知識基盤型経済」に到達し,B:持続的な経済成長を達成し,かつ,C:欧州の「社会経済スタイル」(雇用や社会保障)を維持発展させることで,「世界で最も競争力と活力のある経済圏」構築を目的とした。このように同戦略は3つのグランドデザインを同時に追求するビジョンを掲げたが,実現に向けての各国への強い指南力に欠けており,挫折を余儀なくされた。

 そこで後継戦略として,2010年に「欧州2020」戦略が打ち出された。これはa:知識〔教育〕とイノベーションを基盤とするデジタル社会経済の追求,b:持続可能な(資源と競争力)成長経済,c:包括的な成長(労働市場への参加促進,貧困対策)を追求すべく,加盟国共通の優先事項として7つのアジェンダ(Digital Agendaなど)と,5項目の具体的な数値目標設定を行った。「欧州2020」戦略ではEU自身が各国をリードし,具体的施策にまで踏み込んだ。しかしながら同戦略は期間中ギリシャ債務危機等による域内ダメージを蒙り,5項目の数値目標はなんとか手が届くとしても,(但し域内格差は大きい,例えば研究開発費対GDP比率ではドイツやスウェ-デンが高い一方で,イタリアやスペインでは低調である)画期的成果を挙げているとは言い難い状況である。

 とくにEUが重視する「デジタル・ヨーロッパ」((e-Europe)の実現の面では,ICT/デジタルイノベーションやAIにおけるビジネス面での成果,消費者への浸透・利便性拡大の点で,米国や中国にかなり後れをとっており,IT人材の育成(大学や研究所,ベンチャー)や,R&D支出,有力新興企業の創出(ユニコーン等)実績でも見劣りする。このように厳しく評価される背景として,以下の政策要因〔責任〕も指摘される。

  • a.EU(各国)の通貨統合以降の政策ベクトルが,通貨統合(ユーロ)のような,各国の壁を超えて新たな「価値」を創出するプロジェクトには向かわずに,EU急拡大に伴う,加盟各国のこれまでのシステムや利害の調整にエネルギーが向かったこと〔これはアナロジカルに言えば老舗大企業の合併やM&Aに見られるような,各企業の部門・ブランド・資源(物的/人的)間の調整に時間を要し,新企業の発信力・創造力が大きく損なわれるという事態を彷彿とさせる〕。
  • b.EUのグローバル戦略(e-Europeなど)は,加盟各国のICT化促進(ブロードバンド普及やICTの個人利用の増加から,中小企業等によるICTのビジネス利用に至るまで)及び,域内R&DやICT人材育成を拡充し,「欧州デジタル・リーダーシップ」「デジタル単一市場」確立を目標とした。しかしEU統合レベルでの(通貨統合的な次元)プロジェクト・イノベーションによって,共通プラットフォームを構築し,単一なデジタル・エコシステムを追求・確立するまでに遠く及ばなかった,といえよう(一方,米国と中国が,全く異なるアプローチにより,それぞれ成功している)。
  • c.域内の研究開発や教育振興,ビジネスのインキュベーションなどの分野で,EUとして,各国(とくにICT後進国)をリードする新機軸や相乗効果が出せなかった(さらにハイエンドでは,米国シリコンバレーは勿論のこと,中国深圳に見られるようなイノベーション企業の集積や,様々な支援システムの充実,ネットワークの構築,にEUがリーダーシップを発揮できていない)。

 a〜cの結果として,ICTデジタル革命がもたらす産業革新による大きな成果(デジタル・プラットフォームを構築し,ビッグデータを駆使し,コンシューマー・エキスピアレンスで優越する,各種のICT大企業や,有力なベンチャーを輩出する)を梃子に,EU実体経済の停滞を打開するには至らなかった。一方でEUは,並行して,グローバル・ルールメーカー(国際標準化や環境基準などでEUのプレゼンスは大きい)としてGDPR(一般データ保護規則)等の制定により,この分野での主導権を握り,プレゼンスを高める戦略に邁進している。

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