世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1409
世界経済評論IMPACT No.1409

各国で募るグローバル化疲労の行方:国の統治制度に対する反抗の波

三輪晴治

(エアノス・ジャパン(株) 代表取締役)

2019.07.15

反抗のうねり

 今,世界の各地でいろいろのレジスタンスが巻き起こっている。フランスではマクロン政権にたいする黄色いベストの抗議デモ,イギリスのEU本部からの離脱運動,ドイツの移民問題による混乱,スペインのカタルニア州の独立騒動,香港の「逃亡犯条例改正案」に対する大規模デモやストライキ,中国経済の危機のなかでの人民の共産党支配に対する抵抗など,世界のあちこちで大きな反抗の波が起こっている。アメリカでは,「オキュパイド・ウォールストリート」デモなどによる国民大衆の貧困化に対する不満と反抗をバックに,トランプがアメリカファースト,ファミリーファーストで貿易赤字を減らすために貿易戦争を仕掛け,国内では税制を変えたり,福祉構造を改革しようとしている。

 特にトランプは,グローバル化による国際間の仕組みと関係を壊そうとしているし,日本に対しても日米安全保障もご破算にしようと言いだしている。これは戦後70年の世界の枠組みが今や矛盾を引き起こし,機能しなくなってきたことの現れと見るべきではないだろうか。

 技術・経済という「土台」が変化したために,その上に構築された「上部構造」としての社会のシステム・制度が,「新しい土台」と矛盾を起こし,「古い上部構造」を新しいシステム・制度に変えていくプロセスなのかもしれない。デジタル化社会,AI社会の時代になり,これまでの世界の経済構造と社会制度が矛盾を起こし,世界の諸国間の関係もマッチしなくなり,変革を要求されているのであろう。

民は「胃の腑」で動く

 ある史家は,中国の歴史では,民が胃の腑により国を動かしてきたと言った。民は,為政者に虐げられ,貧困がある限度を超えると敢然と為政者に対してノーと言い,大きな力で国を動かすという。どんな国の統治制度においても,それで利益を得る者とそうでない者がいるが,その不利益がある限度を超えて悪化すると不利益を受ける者がノーと言い,その国の統治制度の改革が起こる。これは中国だけの話ではなく,人類社会全体に言えるもので,今日の世界の国々の統治制度,世界の国家間の枠組みにたいして,国民大衆がノーと言っているのかもしれない。

何が起こっているのか

 国の経済活動がグローバル化して,それが行き過ぎると,労働者の賃金が下がり,所得格差が悪化し,大衆は貧困化する。そして国民経済が主権を奪われ,経済が混乱し停滞する。そのなかで世界的な戦争が起き,難民問題が起こる。多国籍金融資本,多国籍産業資本だけが利益を上げる。これにたいして国民大衆がノーと言い,国民国家主義の運動が起こり,ポスト・グローバル化の波が広がる。ポスト・グローバル化になると,国家主権が回復し,産業が勃興し,賃金が上がり,所得格差が是正され,各国の市場の内需の拡大が起こり,経済は発展する。

 グローバル化の問題というのは,「グローバル化の行き過ぎ」の問題であり,多国籍金融資本,多国籍産業資本が国境を越え,国の規制を無視して活動し,国民経済を錯乱し,国民国家の主権を弱体化させることである。これにより国の技術力,イノベーション力は減退する。これは「グローバル化疲労」と呼ばれている。それに国民大衆がノーと言い,グローバル化の行き過ぎを是正する動きが起こっているのであるが,ポスト・グローバル化は鎖国的な保護主義になることを意味するものではない。ブレトンウッズ体制での比較優位生産のコンセプトによる国際分業によるような社会が開けてくる。

 1900年から1945年の45年間のグローバル化時代,

 1945年から1985年の40年間のポスト・グローバル化時代,

 1985年から2015年の30年間のグローバル化時代,

 そして2015年からポスト・グローバル化の波が押し寄せている。

 グローバル化とポスト・グローバル化は交互に現れるようである。

 この動きの中の大きな要因である「所得格差」,「富の偏在」については,1700年以降の主要先進国の状態を調査したトマ・ピケティの労作が,グローバル化時代の「所得格差」が上位十分位の割合(所得の上位10%の人が全体の富を所有する比率)で47%であったのが,1940年以降1980年まで33%のレベルに下がり,世界がまたグローバル化に入った1980年以降急速に悪化し50%以上になって現在に至っていることを明らかにした。

 グローバル化は,金,モノ,人を世界中で自由に移動させるが,金やモノとは違い,人は文化,宗教,思想を纏ったものであるので,グローバル化の行き過ぎの中で人々は社会の中でいろいろのコンフリクトを引き起こす。つまり移民の量が大きくなり過ぎると文化紛争,文明の疲弊が起こり,「社会の自死」に至ることがある。

グローバル化をドライブした「規模の経済性」が低下してきた

 デジタル技術を基礎にした新しい生産技術は,AI,ロボット,3次元プリンターなどで多種少量生産技術を進化させ,商品を市場の近いところで生産し供給することができるようになる。つまり量産効果の限界がますます低下し,グローバル化でマスプロをする必要が無くなる。またマスプロで生産した画一商品では世界中の市場には売れなくなり,各地域の文化,習慣,好みに合った商品を開発・生産し,供給しなければならなくなってきている。これはソーシャルメディアなどの拡大により,地域市場は好みに合ったものを迅速に求めるようになってきたからでもある。つまり「規模の不経済性」が作用し始めているのである。こうした動きが進むと,各国の「労働分配率」を押し上げるようになり,同時に「リショアリング」が起こり始め,不合理なグローバルサプライチェーンが再編されることになる。グローバル化への経済性のモメンタムが薄らいできているのである。

 自動車産業でも,ある規模以上に企業を統合しても量産効果が低減してきていることが分かってきた。自動車の組み立て最適量産規模は年間20万台,エンジンは年間40万台で,一企業としては年間100万台生産の規模である。それ以上規模を大きくしても経済性は良化しないことが分かってきた。かつては「400万台クラブ」ということで企業規模を拡大しようとして,マツダ・フォード,日産ルノー,ダイムラー・クライスラー,スズキ・GMなどのM&Aが起こったが,これらの合併は成功していないことが分かってきた。

 これからは市場の近いところで生産し,販売・消費することになる。それにより,既にそうなっているが,これから世界の貿易量の伸びは落ちてくる。比較優位生産の国際分業になり,グローバル化の行き過ぎは是正されることになりそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1409.html)

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