世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1377

経済成長を続けるポーランドと「ワルシャワ・コンセンサス」

小山洋司

(新潟大学 名誉教授)

2019.06.03

 ポーランド経済は1989年の体制転換後大きな不況を経験したが,1992年に成長軌道に乗った。以来,2009年グローバル金融危機では成長率は一時的に鈍化したものの,成長を続けている。27年間一度もマイナス成長を記録することなく,成長を続けているのはEU加盟国の中ではポーランドだけである。最近,その成長の要因を分析した書物(Marcin Piatkowski, (2018), Europe’s Growth Champion: Insights from the Economic Rise of Poland, Oxford University Press, 370p+xxvi)読んだが,実に面白く,教えられることが多かった。著者マルチン・ピアトコフスキはワルシャワにあるコズミンスキ大学の准教授で,世界銀行の上級エコノミストでもある。

 著者は,ダロン・アセモグル,ジェイムズ・ロビンソンの研究(『国家はなぜ衰退するのか-権力・繁栄・貧困の起源-[上・下]』,早川書房,2013年)に触発され,彼らの分析の枠組みを採用し,拡張した。アセモグルとロビンソンは,国の長期の経済発展を決める要因は,地理や文化ではなく,政治的・経済的制度だと主張する。彼らによると,包括的な経済制度は成長を促進する。なぜならば,それが所有権を守らせ,皆にとって平等な競争の場を作り出し,新たな会社の市場参入を許し,経済的取引の費用を引下げるからである。それに対して,収奪的経済制度は経済発展を阻害する。著者ピアトコフスキは,アセモグルらの分析枠組みを採用するものの,文化,理念および指導性の役割も重視して,その分析の枠組みを拡張した。

シュラフタの否定的役割

 ポーランドは16世紀末にはその勢力の絶頂期にあったが,やがて停滞し,18世紀後半に隣接する3つの大国,プロイセン,オーストリア,ロシアにより3回にわたり分割され,ついに1795年にはポーランドという国は地図上から消えてしまった。著者は,ポーランドが1500年から1939年にかけての全期間,経済的に後進的であったのは,シュラフタ(日本の江戸時代の「士族」に相当する)がきわめて収奪的な政治的・経済制度を作り出したからだと主張している。この非常に強固な収奪的な制度をブラック・ホールにたとえており,外的ショックが必要であったと論じている。

 第一次世界大戦でドイツとオーストリアは敗北した。ロシアでは革命が起きた。こうして1918年にポーランドは独立を取り戻した。シュラフタ身分は廃止されたものの,古い収奪的な社会構造は再建され,それゆえ,戦間期のポーランドの経済発展は緩慢であった。

封建的で収奪的な社会構造を取り除いた共産主義

 第二次世界大戦後,ポーランドはソ連の勢力圏に入り,共産主義体制を押しつけられた。著者は共産主義の弊害,たとえば企業家精神,競争,個人的に豊かになるインセンティヴの抑制,政治的・経済的制度の収奪的システム(ただし包括的な教育制度や労働市場を除く)を挙げている。しかし,著者は共産主義を全面的には否定していない。共産主義は純粋な災厄ではなく,体制転換後のポーランド経済発展の基礎を築いたという著者の主張はユニークで,たいへん興味深い。共産主義の重要な遺産は,それがもたらした高いレベルの厚生ではなく,ポーランドの(そして中東欧の)発展を数世紀も歪めてきた古い,封建的で収奪的社会構造を共産主義が取り除いたという事実であり,それが1989年以降の包括的社会,およびその後の歴史的に前例のない経済的奇跡の出現のための基礎をしいたのだと言う。共産主義は古い,戦前のエリートを,虐げられた農民やブルーカラー労働者の中から選ばれた新しいエリートで置き換えた。昔のエリートの価値観,社会的規範およびルールは新しい規範で置き換えられた。共産党政権は徹底した土地改革を実施した。教育では,ポーランド史上初めて,7〜15歳のすべての子供のための無償,均一,公的かつ義務的な初等教育を提供した。1950年までに事実上100%の子供たちが公教育で就学するようになった。中等教育,とくに職業教育も大いに拡大し,大学教育へのアクセスも改善され,歴史上かつてない社会的移動性がもたらされたと言う。

 1989年に共産主義体制は崩壊した。同年9月に発足した新政権は経済学者のバルツェロヴィチを経済改革担当副首相兼財務大臣に起用した。1990年1月に経済改革がスタートした。「バルツェロヴィチ・プラン」の短期的目標はマクロ経済的安定を回復することであり,ショック療法と呼ばれた。これは1990年代初めにIMFや世界銀行が推奨した「ワシントン・コンセンサス」とおおむね合致した。

ワルシャワ・コンセンサス

 前述のように,ポーランドは持続的な経済成長を遂げてきた。経済的収斂について言えば,ポーランドは2030年にはユーロ圏平均の約80%に達し,2045年に85%でピークに達すると見られる。著者は,西欧への収斂を続けるために,ポーランドや中東欧はその成長モデルを再調整しなければならないとして,「ワシントン・コンセンサス」に代わる「ワルシャワ・コンセンサス」と呼ぶ新しい成長モデルを提案している。それは,1.制度を強化する,2.国内貯蓄を増やす,3.教育とイノベーションの推進,4.就業率を高める,5.対内移住への開放,6.為替レートを競争的に保つ,7.強力な金融監督を持続する,8.都市化する,9.成長を包括的に保つ,10.厚生に焦点をあてる,というものである。

 「ワルシャワ・コンセンサス」は,アジアの経済発展の経験(たとえば,高い貯蓄率,実質為替レートの増価のコントロール,輸出主導の経済発展など)を踏まえている。これがEUの枠内で実行可能かどうかは注目に値する。

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