世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1369

米中貿易戦争の行方

池下譲治

(福井県立大学 教授)

2019.05.27

 米中貿易戦争の予想外の展開に世界経済は混迷の色を深めている。

 トランプ政権は5月13日,中国への制裁関税の第4弾として,携帯電話など約3000億ドル(約33兆円)分の同国製品約3800品目に対して最大25%の関税を課す計画を正式表明した。医薬品や医療機器,レアアースなど重要な鉱物は対象外となっているが,もし,実施に至った場合,米国のモノの輸入の約2割を占める中国からの輸入品のほぼすべてが制裁関税の対象となる。

 これに対して,IMFはいくつかのマクロ計量モデルを用いてその影響を分析している(注1)。IMFの推計によれば,今後,米中間のすべての貿易品目に25%の関税が課せられることになった場合,米中貿易は,短期的には25〜30%下押しされ,長期的には30〜70%押し下げられる。外需の悪化は今後,米国のGDPを年0.3〜0.6%押し下げるとともに,中国のGDPを年0.5%〜1.5%下押しすることになる。しかも,ほとんどの製品は一時的にせよ第三国に調達先がシフトされる可能性が高いことから,結局,貿易戦争の最大の被害者は米中両国の国民となる。わけても,中国では,外需の悪化をすぐには賃金や物価の調整によって相殺することは困難なことから,短期的に大きな影響を受ける可能性が高い。

 そもそも,米中二国間貿易における両国の輸入額には約3.5倍の開きがあるため,関税合戦の勝敗はすでについていると言って過言ではない。さらに,中国の対米輸出依存度は3.6%に達するのに対し,米国の対中輸出依存度は0.6%に過ぎない。中国が今後,報復の対象をサービス貿易の分野にまで拡大するとしても,サービスを含めた米国の対中輸出依存度はそれでも0.9%に過ぎず,中国の報復関税による米国への影響は限定的である(注2)。

 ところで,実際には米中間にそこまでの差はなく,東アジアを中心とするグローバルバリューチェーン(GVC)の一環として,付加価値ベースで推計し直すと,実は,米国の対中貿易赤字は40%ほど過大評価されているとの分析もある(注3)。さらに,企業レベルで見た場合,GVCによって中国にコミットしている多国籍企業も影響を被ることになるが,中には米国企業も多く含まれる。

 そもそも,米国が相殺関税の対象としている貿易赤字も,国際貿易の拡大に応じて,国際流動性を供給するためにドルを刷り続ける基軸通貨国の宿命(国際流動性のディレンマ)に過ぎないとの説もある。

 こうしたことから,当初は早期妥結を予想する声が強かった。しかし,事態はより深刻な様相を呈し始めている。それは取りも直さず,米中による「世界覇権を巡る新たな冷戦時代」に突入した可能性を示している。米国が本気で中国を脅威と見なしていることを如実に物語っているのが,米歴代政権の外交政策に影響を与えてきた無党派の政治組織「現在の危機に関する委員会(CPD)」の今年3月の復活である。CPDはソ連の脅威が増す中,1950年に初めて組織され,3年間活動したのち一旦解散したが,ベトナム戦争終結後の76年に再結成された。79年には,ロナルド・レーガンも参加している。そして,81年にレーガン政権が発足すると,国務長官となったシュルツ氏を始めCPDから33人が政権入りした。その後,ソ連が崩壊し,米国が脅威とみなす国はなくなったかに見えたが,2004年に「テロとの戦争」に対処するため,第3次CPDが発足。しかし,2010年代には休眠状態となっていた。そして,中国脅威論が募る中,遂に,第4次CPDが「現在の危機『中国』に関する委員会」として復活したのである。こうした経緯を見る限り,米国の狙いは,単に貿易不均衡の是正が目的ではなく,中国が本当の脅威となる前に途を閉ざすことにあるのではないかとすら思わせる。

 たとえば,トランプ政権が要求している中国に進出する米企業に対する技術移転の強要禁止について,中国政府は今年3月の全人代において,行政機関による外国企業に対する技術譲渡の強要禁止を盛り込んだ「外商投資法」を成立させた。中国政府はこれで妥結を図ろうとしたが,企業間の取引を通じた技術移転の強要には触れておらず,抜け穴が多いことから,米政府は全面的な技術移転の禁止にまで法制化させようとしている。しかし,これに中国は強く抵抗している。また,産業補助金制度の削減要求などは国家資本主義による産業政策の根幹に係る問題であり,中国政府としても安易に妥協はできない。さらに,中国が貿易協定に違反した場合の一方的経済措置などの屈辱的な案には,中国内での求心力の回復を目論む習近平主席が応じることなど到底考えられない。しかし,ファーウェイに対する措置を見る限り,米国は本気だ。

 今後は,6月28日から大阪で開催されるG20サミットでの両首脳の会談が次の山場と目されるが,ここで決着ということは考え難い。トランプ大統領にとっては,2020年の大統領選に向けてアピールできる結果が得られるか。習首席にとっては,足許が揺らぎ始めた今,どれだけ米国から譲歩を引き出し,強いリーダーのイメージを保つことができるか。両首脳ともに政治家としての命運がかかっているだけに,正念場の戦いが続く。安倍首相には,米中貿易戦争では,結局,誰も勝者とはなり得ないことをぜひ両氏に伝えて欲しい。

[注]
  • (1)IMF World Economic Outlook, April 2019
  • (2)いずれもIMF統計による2018年の数値に基づき筆者が試算。
  • (3)Koopman, Wang and Wei (2012) "Tracing Value-Added and Double Counting in Gross Exports," NBER Working Paper18579, 同論文では,日本との貿易赤字にも触れており,付加価値貿易額で見た場合,米国の対日貿易赤字は中国とは逆に,40%ほど過小評価されていると指摘している。

関連記事

池下譲治

国際経済

アジア・オセアニア

アングロアメリカ

最新のコラム