世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1365

大学生のキャリア教育と新卒採用を考える

熊倉正修

(明治学院大学国際学部 教授)

2019.05.27

 去る5月10日に「大学等における修学の支援に関する法律」(通称「大学無償化法」)が成立し,来年度から施行されることになった。この法律自体は低所得世帯の学生に対する授業料や生活費の支援を大幅に拡充するものだが,各大学がこの制度の対象となるために満たすべき要件を文部科学省令によって定めることになっている。そうした要件として,大学が複数の外部人材を理事に任命することや,実務家教員による授業を卒業単位数の1割以上配置することなどが検討されているようである。

 また,4月22日には,経団連の「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」が共同提言を発表した。昨年秋に中西宏経団連会長が就活ルールの廃止に言及して注目を浴びたが,一方的に廃止するのでは反発が大きいと見た経団連は,その後,主要大学の学長らと協議会を立ち上げた。その中間とりまとめとして発表されたのが今回の提言である。

 経団連の文書には色々なことが書かれているが,キャリア教育の拡充や学外人材の教員への登用など,大学無償化法の適用要件に関する議論と重なる提言が含まれている。政府の教育再生実行会議の報告書においても「学生を鍛え上げ,社会に送り出す教育機能の強化」が強調され,そのための方策として,キャリア教育やインターンシップの拡充が謳われている。

 政府や経団連の提言の背後に現行の大学教育に対する強い不満があることはあきらかである。また,そうとはっきり書かれているわけではないが,彼らがとくに不満を抱いているのは,いわゆる文系の大学教育である。理系学部の学生の勉強と卒業後の仕事の関係が比較的明確なのに対し,文系学部ではそもそも何を学んでいるのかよく分からないし,働き手としての最低限の心構えすらできていない状態で入社してくる者が増えている。それを何とかしたいということなのだろう。

 大学教員の中にはキャンパスにキャリア教育が入り込んでくることを嫌がる人が多いが,筆者はそのような分からず屋ではない。筆者がむしろ疑問に思うのは,政府や経団連が提案している程度のキャリア教育によって,本当に彼らが求めるような人材が育つのかということである。

 大学設置基準によって定められた四年制大学の卒業最低単位数は124単位である。週一コマの授業を一年間履修すると4単位になるので,実務家教員の科目を毎年一コマ履修させれば「大学無償化法」の適用要件を十分に満たせる計算になる。この程度のキャリア教育はすでにやっている大学が多いが,それで十分なら政治家や財界が大学教育にあれこれ口出しする必要はないはずである。

 経団連の報告書では,大学一,二年次の学生が企業に出向いてキャリア教育を受け,それを後の長期インターンシップにつなげてゆくことが提案されている。しかしそうしたキャリア教育やインターンシップに協力した企業に対し,そこで得た学生の情報を採用活動に利用することを許すか否かに関しては意見がまとまらなかったようである。

 常識的に考えて,私企業がまったくのボランティアで社会的なインパクトのある規模のキャリア教育やインターンシップを提供することは考えにくい。そうしたプログラムが機能するのは,それを学生の青田買いの場として活用できる場合だけだろう。経団連の言う長期インターンシップがどの程度の期間のものかは分からないが,「ワンデーインターンシップ」との対比で「長期インターンシップ」を語っているところを見ると,せいぜい数週間のものだろう。そうしたインターンシップならすでに実施している企業がたくさんあるので,それに任せておけばよいのではないだろうか。

 筆者の観察では,大学生が学生時代に求められる能力と卒業後に働き手として求められる能力の間には,二律背反といってもよいほどのギャップがある。学問は本質的に個人的な営みである上に,論理と客観性が命である。しかし実務の場では,一人で何でも解決しようとしたり,理屈ばかりこねて評論家のような態度をとる人はもっとも嫌われる。経団連自身が行ったアンケート調査の結果を見ても,採用側が文系の新入社員に求めているのは「主体性」や「実行力」,「コミュニケーション能力」などのソフトな能力ばかりで,「専攻分野の知識」はもちろんのこと,「語学力」や「一般教養」にすら大した関心が示されていない。

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