世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1339
世界経済評論IMPACT No.1339

日系食品メーカーとハラール食品:グローバル展開への試み

岸本寿生

(富山大学 教授)

2019.04.15

 訪日観光客(インバンド )の増加が注目され, 2020年には4000万人が目標とされるようになった。その一方で,ムスリム(イスラム教徒)の方々にとっては,折角日本に来たのにもかかわらず,食事をするのに困難だという。

 さてこの春に,マレーシアとタイに工場をもつ食品メーカー3社を訪問する機会を得た。調味料やレトルト食品などを個人向け及び業務用に製造しており,規模は小規模から大規模までまちまちである。

 この3社の共通することは「ハラール食品」を取り扱っていることである。「ハラール」とは「イスラム教の教えで許されるもの」のことであり,必ずしも食品のみに適用されるものではないが,その定義や解釈は大変複雑である(したがって,詳細な説明は割愛する)。

 その3社は,現地での認証団体からハラール認証を取得している。そのことにより,ムスリムならびに非ムスリムへの食品の提供ができる。例えば,マレーシアに進出しているたこ焼きやお好み焼きの店に調味料が提供できるので,日本ではどこでも気軽に容易に食べることができないムスリムの方でも,現地では十分楽しむことができる。

 ただし,ハラール食品を製造するには,①材料のトレーサビリティ,②厳格な製造ライン,③認証のための講習と検査などが最低限必要であると思われる。最も重要であるのは,材料のトレーサビリティである。使用される原材料がハラールであること,つまりハラール認証を受けている製造元から調達することが肝要である。日系食品メーカーは,日本国内で製造する場合は困難であるが,マレーシアやタイでは比較的容易であるという。

 また,現地で製造される食品は,現地市場向けと日本向け,第三国向けと多様である。そこではハラール食品,非ハラール食品に分けられる。マレーシアでは人口にムスリム比率が多いので全量ハラール食品で良いが,タイでは混在している。食品の製造工程で,日本国内と同様の製造工程の場合に,保存用のためにアルコールなどの添加物を使用するので非ハラール食品となる。ハラールにする場合はアルコールに変わる添加物を使用するが,生産ラインは明確に分けなければならない。また,出荷用の倉庫も別の建屋にしているという。

 また,ハラール食品として販売するには,ハラール認証がかかせない。マレーシアにはJAKIM(Jabatan Kemajuan Islam Malaysia),タイではCICOT(The Central Islamic Committee of Thailand)という機関がある。ハラール認証を得るためには,毎年審査があり,年間数回の講習会に従業員を参加させており,費用も相当額になる。また,ハラール認証の基準は,世界で統一の基準はなく,基準も毎年修正されるという。

 それでも,ハラール食品が製造できれば約16億人のムスリム市場への供給が可能となる。当然のことながら,ハラール食品はムスリムの専用食品ではないので,当該食品を日本へ輸入することに問題はない。しかし,訪問したある日系企業では,日本向けに輸出するレトルトの和風食品やドレッシングの一部にはハラール認証のマークをあえてプリントしないとのことである。なぜなら,日本国内でハラール認証マークがあると売上に影響が出るという。日本では,ハラール認証マークは,イスラム教徒の食べ物という認識があり敬遠されるのであろうか。タイカレーなどの食品には,ハラール認証マークがあっても問題が無いという。日本人のハラールに対する認知と理解の向上も必要であろう。

 また,マレーシアのレストラン街にある台湾系の中華レストランに行くと,そこにはムスリムの方も食事を楽しんでいた。中華料理は豚肉を使うので,通常ムスリムは中華料理を食べないと聞いていた。店先の看板にハラール認証のマークは無いが,「NO PORK」と明示されており,ウインド越しにヒジャブを着た女性が小籠包を作っていた。同行した広島市立大学のヌルハイザルアザム先生に聞くと,この店はムスリムも大丈夫とのことだった。

 彼によると,日本ではレストランをはじめハラールの需要が急増したため,今日数多くの認証団体が設立され,混乱している面があるという。また,厳格なハラール認証を取得するのは,日本での食品の製造プロセスやコストの面からも無理が多いという。そこで,ムスリムフレンドリーという概念を提案し,ムスリムの考え方を理解し,食品やサービスを提供することを試みているという。

 インバウンドの更なる増加が予見され,また,世界的に和食ブームが広がる中,日系食品メーカーの市場拡大をするチャンスがある。食品に求められる多様性を認識し,グローバル展開を試みることが期待される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1339.html)

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